ys diary
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6月28日

 6時過ぎ起床。といっても自力で目を覚ましたのではなく、いつものように隣の部屋で怜王が目を覚まし、何やら妻に話しかけている声が聞こえて目が覚め、キッチンで多分冷蔵庫を開けて何かを飲んでるような物音で起床したのである。
 キッチンへ行ってみると怜王は居ず、寝室をのぞくと妻の布団にちゃっかり入って妻のiPodでゲームをしていた…。
 僕が起きたのを見て、怜王もキッチンにやって来た。そしておもむろにiBookG4をテーブルに乗せピンボールゲームを…。iPodもMacも僕ら同様に扱う怜王を見ていると、凄いなと思うのである!
 僕はひとまずメールのチェックとFacebookのチェックをした後、朝食の支度にとりかかった。
 昨日T社から依頼されている仕事の撮影に出ようと妻が仕事に出かけた9時半過ぎに仕度をしていたら、天候が急変。予報では曇りではあるが、雨が降るとは言っていなかったはずだが…。
 ネットで週間予報をチェックすると明日は晴れると出ていたので、30日のHさんとの打ち合わせに持って行くプリントが途中だったので、追加10点ほどのプリントをインクジェットプリンターで行なうことにした。
 プリント5枚目くらいでメール着信音がMacから聞こえたのでチェックすると、フリーで編集の仕事をしているMさんから仕事依頼であった。折り返しメールをと宛名をうち本文を書こうとするとMさんから携帯に連絡が。
 仕事の内容を聞き、お互い家族の子どもの話しをして電話を切る。プリントの後やるべきこと原稿書き)が決まり怜王が帰宅した2時半過ぎには文字量が少ないと言うこともあって書き終えることが出来た。後は明日写真を撮ることにし、怜王がサッカーの練習に行く4時過ぎまで、部屋でいっしょに遊んだりした。
 4時を待たずに怜王はサッカーのユニフォームに着替え、サッカーボールを持ってD公園広場へ。この頃にはあれほど払底いた雨も上がり、曇天ではあるが気持ち良い空気が流れていた。
 そんな訳で今日は何が何でも晴れて欲しいと思っているが、朝方陽射しはあったが7時を過ぎた頃より雲が空を覆いはじめてしまった…。と言っても写真的には快晴より妖し気な雲の方が良い場合もあると思っている?ので 、撮影には出るつもりである。
 8時過ぎに怜王を小学校に送り出し(今日はランドセルひろばで、怜王の帰宅は5時過ぎ!)ということでおよそ9時間自由に出来る時間が発生する。よしと思うが、予想外に天候は曇天となり…まったく陽射しがなくなってしまった…。
 これで雨が降れば、「ランドセルひろば」は中止で帰されてしまう。と言うことは、2時半過ぎに帰って来ると言うこと。つまり5時までの予定を組んでも、2時半までには帰宅していないと行けないと言うこと。
 9時頃のJ-WAVEウエザーインフォメーションによると、昼前後から陽射しが戻り青空が広がるという。どうやら撮影は、実行出来そうだ。
 昼過ぎ、妻にも声をかけいっしょに庭園美術館となりの自然教育園へ行く。が、暑い…。信じられないほどの暑さ…。そんな暑さなのに自然教育園には決行人がいて、木陰で涼んでいたりしていた。
 ほどなく撮影をし、夕飯のおかずや飲み物などを購入して帰宅。データの整理などをしていると4時少し前、「例王さんが、暑さで少し疲れたようなので来たくさせます」というD小学校副校長より電話が!
 熱中症になってしまったのかと思ったがそのあと「熱中症と言う訳ではないのですが、お家で水分補給をしてあげて下さい」とのこと。驚いたのと心配で、小学校の裏門(南)近くまで行くと、怜王が元気良く駆け寄って来るではないか!
 顔や目やしゃべり方おでこを触って熱を測ってみたが、ほとんど普通の状態であることにほっとする。学校の配慮で後ろ首に冷えピタが貼られていた。いっしょに帰宅し、カルピスを炭酸で割り飲ませた。その後もまったく体調の異常は見られずほっとした。
 夕飯後海外ドラマの「Bones」を見て、妻に手伝ってもらい銀座写真塾第1期生の修了展用のDMをイラストレーターで作ってもらう。そしてMさんから依頼があった、日本カメラ8号用原稿と写真を送信。
 眠る前に今日アップ予定になっていたRICOH HP GRist(http://www.grblog.jp/2011/06/grist-14.php)、きっちりアップされていた。ご覧あれ!
2011年06月28日(tue)  No.505

6月26日

 昨夜海外ドラマシリーズの「Bonesシーズン4」を僕らが見る関係?と、今日買ってあげたダンボール戦記(プラモ)の4体目の「LBXクノイチ(写真左から2番目)」を作るので怜王が寝たのは10時過ぎ。
 寝る前に今日はもう10時だから明日は7時頃まで寝ていた方が良いよと言うと、生返事をしたまま魔布団に横になるとあっという間に寝てしまった。
 そして今朝怜王がトイレに行った音がしたので目が覚め時間を見ると、5時50分…。何時に寝ても起きる時間はいっしょ…。まぁトイレに行ったくらいの音で目が覚めるくらいなので、僕もそのまま起きてキッチンへ。
 さて昨日は9時から怜王は児童館へ行きお昼に帰って来て、午後は部屋の中でゲームをしたりしていて3時過ぎ中目黒に家族で買い物をしに行った。
 毎日「児童館」あるいは晴れていれば小学校の校庭を開放した「ランドセルひろば」で夕方5時まで目一杯遊んでいるのだが、児童館は今日閉館日。怜王は「あしたはどこにゆく?」と出かけることばかりを言っていたが、妻は髪を切りに知り合いがいる渋谷のお店に行くのに怜王を連れて行こうかなと言っていた。
 これで怜王のいう「どこか」が決まった訳(この場合僕は行かないことになる)だが、ふと妻が「あっ今日あれがある日じゃない?」と言って一枚のチラシを手に取った。
 ーみんなでやってみよう!(無料)
『木工教室・コッパトイ』D広場公園6月26日午前10時より。
材料がなくなりしだい終了です。ー
 D広場公園とは怜王がいつもサッカーの練習をしに行く場所で、自宅からも徒歩1分ほど。それを妻が怜王に伝えると、「いまから! いっていいの! きがえなきゃ…」と自分でTシャツやクツ下ズボンなどを持って来てそそくさ着替え10時過ぎ凄まじい勢いで部屋を出て行った。
 数分後首から木工教室の札のようなものを下げ帰って来て、「KくんとかRちゃんたちがきていた!」と言い何に使うのか「ひゃくえんある?」と言うので手渡すと100円玉を握りしめ再び飛び出して行った。
 12を過ぎても怜王が帰って来ないので妻が迎えに行くと、『木工教室・コッパトイ』はまだ続いていたが友達と遊ぶのが忙しいようでまだ帰りたくないと言っていると言う連絡が携帯に。
 Kくんたちはお母さんといっしょに来ているので、その場所から別の場所に遊びに行かずにKくんたち(同じクラスの子が四五人いたらしい)が帰る時に帰ってくるようにと怜王言うように妻に伝えた。
 妻が帰って来て出かける仕度を始め、2時半過ぎ髪をカットしに渋谷へ。妻が出かけてすぐ「D広場公園から別のところに行っちゃうかもしれないよ…」と言って出かけたので、D広場公園へ行って見ると、友達たちと、シャボン玉でたのしそうに遊んでいた。
 そしてフリマで怜王の100円で買ったと言う、仮面ライダーキバのベルトをつけ同じ小学校のRちゃんKくんIくんたちと派手なアクションをしながら大騒ぎ。
 心配していた妻に携帯撮影した、で4人がならんでポーズをとっている写真を送信した。そしてしばらく僕のそばで何やら仮面ライダーキバの返信ベルトのこと言った後一瞬と奧を見るように視線をあげた瞬間とても大人びた顔つきをしたのでCX3をノーファインダーでシャッターを切る。
 2時半過ぎイベントも撤収が始まって、友達たちのお母さん方も「そろそろ帰るよ〜」と言うことで広場をあとに怜王と帰宅した。ここに越して来ていつも思うことだが、小学校が近くイベントの多いD広場公園は目と鼻の先で、児童館や図書館も数分で行けると言うこの立地の良さに良い場所に越すことが出来たと思うのである。
2011年06月26日(sun)  No.504

6月24日

 5時半過ぎ怜王が目を覚まし、キッチンの照明をつけモノを動かしたりする音で目が覚めた。相変わらず、早起き…。起こしにこないのでそのまま寝ていようと思ったが、僕自身も短い睡眠で大丈夫なので起きることに。
 キッチンへ行ってみると、一昨日同様怜王は床にiBookG4を右手で操作し置き左手でDSを持っちポケモンの攻略ページを開いて何やら調べていた。
 先週の日曜日小学校の父兄参観があったので、今日金曜日がその代休となり怜王は3連休。妻4時までは仕事。僕はオフだが4時に怜王を歯医者に連れて行かなければならないのと、おそらく午前中児童館へ行くと思うのでお昼に帰ってくる怜王を待たなければならない。それにDRUG21号がおそらく今日届くと思う(昨日届かなかった…)ので、荷物街もしなければならないので自宅待機である。
 9時過ぎ、予定どおり?怜王が児童館へ向かった。そして9時半、妻が仕事に。僕はと言えばT社から依頼されている写真のプレ?セレクトをしたり、8月15日からギャラリーコルソで開催が決まった銀座写真塾の写真のセレクト加工を行なう。
 10時半過ぎ2月に作品を預かり3月発行予定で進行していたDRUG21号が、3ヶ月遅れで刷り上がりようやく届けられた。
 12時少し前、怜王が児童館から帰って来た。帰って来るなり「Kくん、なんでもないのにすぐたたくんだな…」と言った。Kくんとは幼稚園からいっしょの小学校の同じクラス友達で、いつも良く遊んでいるようだ少々荒っぽい…。
 怜王の場合目には目を歯には歯をは通用せず…、どちらかと言えば争いを好まない友好的なところがある。多少はやり返していると思うが、自分が叩いたりするのが嫌なのである。
 ともあれ水分補給をさせて、お昼を食べさせてからしばらく休ませた。が12時半過ぎくらいから「もうじどうなんに いこうかな?」と言うので1時まで休んでから行けばというと、「だってもうKくんきているかもしれないし…」と言う。
 今日は4時からは医者に連れて行かなくてはならないので、3時過ぎには帰って来ると約束するなら行っても良いよというと「3じ10ぷんまでには かえってくるね」と言って慌ただしく部屋を出て行った…。
 そして予告どおり帰って来た怜王に3時のおやつをを食べさせ、しっかり歯をみがかせて目黒駅前のO歯科へ連れて行った。途中幼稚園の時の同級生の中国出身の男のWくんとすれ違うと、彼の方が先に「そねれいおうく〜ん!」と言って手をふった。怜王も嬉しそうに手を振っていた。
 同じ幼稚園には行っていたが小学校が別々になってしまって、親の僕的には良いやつだなと思っていただけに残念思った。しかしWくんは僕が怜王と手をつないでじっと見ていると嬉しそうな顔をして去って行った。
 O歯科に行くと怜王より小さな子たちが数名いて、その子たちすべてがハーフであった。子どもを連れて来ていたのはお母さんなので、お父さんが外国の方と言うことになる訳だが、その逆を僕はほとんど知らない…。
 予約は4時だったが、治療が始まったのは4時半ころ…。妻は4時に仕事を終え、僕とバトンタッチするために碑文谷からバスで目黒に向かっていた。
 4時45分、妻がO歯科の待ち合いに到着。僕は渋谷経由で水天宮まで行き、辰巳さんの写真展会場である「ギャラリー 遊 日本橋(http://sites.google.com/site/yunihonbashi/)」へ。
 会場には元マラソンランナーで、現在マラソンの解説をしている増田明美さん(http://www.akemi-masuda.jp/)がメインゲストでスピーチをされ、辰巳さんのお兄さんの俳優辰巳琢郎さん(http://www.takusoffice.jp/)も参加されてスピーチを!
 僕もあとの方で少々スピーチをして、ギャラリーオーナーのYさんと少々密談。8時少し前の会場を後にして、帰路につく。
2011年06月24日(fri)  No.503

6月22日

 5時過ぎ、怜王が起きてキッチンの電気をつけた。我が家の引き戸もドアも立てに細長い磨りガラスが入っているので、明るくなるとすぐに分かるのである。何をしてるのか覗いてみると、キッチンの床にiBookG4を置き、何やら見ていた…。
  昨夜9時過ぎに寝た怜王は、5時起床で睡眠時間は8時間。大人だったら十分すぎる睡眠量(熟睡出来れば僕は5時間睡眠でOK!)?だが、子どもの場合出来れば9時間から10時間は寝て欲しい…。
 だが怜王の場合二三歳の頃から、なんじに寝ても5時から6時の間くらいに起きるのが常…。暗くなったら眠り明るくなったら起きると言う、極めて原始的(エコ?)なところがあったので大きくなっても治らないことかも…。
 今朝は5時半くらいから、眩く強い光がキッチンの窓から降りそそいでいた。予想最高気温は、32(+2)度、明日も30度ほどになるという。怜王に焼きおにぎりを食べさせ、8時ぎりぎりまでゴロゴロしていた怜王にランドセルとピアニカを持たせ小学校に行かせた。
そう言えば今朝「このは ぐらぐらしてる」と下の前歯を指で揺らしていた。触って見るとゆらゆらしているのでそろそろ抜けるのだろうが、抜けるのは上の前歯からだと思っていたがまさか下からとは驚いた…。
 9時50分珍しく一眼レフとGRDIIIを持って、新宿に向かう。30分ほど西口あたりを撮影し、ペンタックスフォーラム(http://www.pentax.jp/forum/)へ。今日から先輩の宝田久人さんが「釈迦のテラス」と言う写真展を開催すると言うので、時間は早いが立ち寄ってみる。
 山梨に住む宝田さんはバスで新宿へ出て来るそうで芳名帳などまだ置かれていなかったので、フォーラムの佐々木さん(所長)に挨拶をし新宿駅へ向かった。
 今日のこの夏日をフル稼働で写真を撮るために、新宿から埼京線で新木場に直行。夢の島公園を歩き回り花の日中シンクロ撮影を詰めた。もちろん日中シンクロはGRDIIIで行ない、スナップ写真はNikonで。
 1時過ぎに帰宅すると、仕事場に行って来た妻が僕より先に帰っていた。撮影して来たデータをMacに移しフォルダに保存。そしてさらに、外付けハードディスクへ移した。
 2時40分、元気よく小学校から帰って来た。手を洗いカルピスの炭酸割を一気に飲みほし、おやつを数個食べ終えるや否や「じどうかん いってくるね!」と児童館に向かった。怜王を見ていると、こんなに忙しなく動いていて疲れないものかと思う。
 怜王を児童館に送り出した後、妻と薬局、DVDレンタルショップ、そして怜王が「さいきんなんでかってこないの?と言っていた「お茶漬け」や飲みモノなどを購入し帰宅。今日はシーズン4に突入している「Bones」以外に、僕のリクエストで「ストリートファイター・レッジェンド・オブ・チュンリーを借りた。
 主役のクリスティン・クルック(http://www.famitsu.com/game/news/1222067_1124.html)はテレビドラマの「ヤングスーパーマン」にも準主役で出ているが、聡明でエキゾチックマスクにアクションが加わるというなら見応え十分だろう。それは「ヤングスーパーマン」で自分の先祖である魔女が乗り移ったシーンがあって、その時に見せたアクションが素晴らしかったからだ。
 5時過ぎ怜王が帰宅。児童館でかなり走り回って来たようで、身体中がぽかぽか火照っていた。水分補給をしたあと、妻がお風呂に入れた。
 夕食後、妻のセレクションで新作「トロン(http://www.disney.co.jp/tron/)」を見る。CGを駆使した映画で見せ場も結構あるのだが、何かもの足りないものを感じた…。
2011年06月22日(wed)  No.502

6月21日

 5時過ぎ、パタパタパタ ドスン、バタン、パタパタパタという怜王がトイレに行った音が…。僕の部屋には寄らずに元の場所に戻り二度寝をしたようで再び静かになった。
 怜王の足音で目が覚めてしまった僕はそのまま5時50分まで横になっていたが、あまり長く横になっていると背中が痛くなって来てしまうのでそのまま起床。朝食に支度をしつつ、今日やらなければならない諸々のことを考えていると怜王が6時半過ぎに起きて来た。
 怜王に揚げパンとミルクで朝食を食べさせさらに僕らも朝食をとったあと、怜王はDSに夢中になって小学校に行く5分前までやりドタバタと着替えて歯をみがいて、ランドセルをしょって出かけた。
 さて今日中にやってしまわなければならないことは、銀座写真塾の修了展が8月15日から20日で神田のギャラリーコルソに決定したことで、まずはDM制作の写真選びと下準備。それを印刷所へ連絡し詳細を聞いてから発注するまでを、出来る限り今日中に。
 それから写真展告知用コメントを日本カメラ誌と月刊カメラマン誌にお願いを出すこと、これが今日やるべきことである。
 そんな今日風は強いが素晴らしい天気が続き、外はなかなか対が部屋の中は窓を開けているだけで風通しがよく気持ち良い。そんなこともあって3時前には印刷所に写真原稿を送り、お願いした写真展告知は両誌とも写真+コメント付きで掲載してもらえることになった。
 これで写真展の細々した部分のまずやらなければならないことを終えたので、ひとまず自分の写真について考え始めようと思う。
 夕方になってT社から封書が届き、しばし内容をチェック。さらにR社かのNさんからメール。内容をチェックし、あるデータをメール添付で送信。今日は完璧に、デスクワークの日となった。
 とはいえ何気にFacebookを開くと、相変わらず沢山の投稿があって凄いなと思う。僕は今日部屋にもいたけど、夕方たくさん植物の写真を撮影した。最近ずっとやってる日中シンクロメインで通常スナップも普通に撮った。
 寝起きは妙な夢をたくさん見て微妙にすっきりしないスタートであったが、今日はよく眠れそうである。
2011年06月21日(tue)  No.501

6月18日

 昨日は銀座写真塾に先日撮影して来た尾山台(等々力もある)の写真を出力しなければと思っていたが、何とインクジェットペーパーが微妙に足りない…。しかたがないので渋谷のビックカメラに買い出しに行き、雨ではあったが少しだけスナップショットをしかける。
 昼頃帰宅し昼食はともあれ、さっそく10枚の写真をプリントし始めた。プリンターが一生懸命行ったり来たりして画像を定着させてくれているとき、森山さんのワークショップで写真の提出が毎週50点であることを思い出した。
 当時はあまり感じなかったがざくっと50枚といってもちゃんと(数多く)撮っていなければそんな数選べる訳ではなく、バイト先の昼休みの1時間にスーツ姿でオリンパスペンを持ち、日本橋と銀座を往復しきっちり2本(72カット)消化することを日課にしさらに仕事が終って夜にもよく日本橋や銀座を撮影をした。
 週に一度TRI-X現像用にD-76を1ガロン(3.785リットル)を溶いて原液を作った。またデクトールデベロッパーを溶き、フィクサーを溶いて原液を作りおき1ガロン入るポリタンクに入れ常にフィルム現像とプリントが出来るようにしていた。一人暮らしの部屋の中は、どんなところに住んでも暗室仕様なのであった。
 そのころ思えばトライXで撮影をし、D76の1:1(原液1と水1)で現像をして、オリエンタルのシーガルGの3号印画紙を使いデクトール・デベロッパーで現像するのが定番で、さらに十分水洗のあとセレニュームトナーで永久保存プリント(退色しない処理)をする毎日だった。
 自宅での暗室作業は、怜王が生まれてはいはいをはじめる少し前にやめた。何でもなめたり口にしたりするので、暗室用品が届くようなところにあるのはNGだったからだ。2005年の夏くらいからである。 
 5時50分過ぎ、怜王と妻が寝ている隣の部屋の引き戸が開く音がした。数秒後僕の部屋に入って来た怜王が「もう6じだよ…」と言った。つまりもう起きようと言いに来たのである。少々眠いが、起きることに…。
 今朝は朝ご飯も食べず、2杯のりんごジュースを飲んだだけで怜王は児童館へ向かった。母親間のやり取りで小学校の同じクラスのRちゃんとKくんが児童館へ行くことを知った怜王は、手ぐすねを引いたようにそそくさと向かったのである。
 怜王が出かけて間もなく、「寅次さんの写真をあげたフリッカーを見て、ニューヨークのKEITH DE LELLIS GALLERY(http://www.keithdelellisgallery.com/)から興味があると言うメールが届いてる!」と妻が言った。
 寅次さんとは前田寅次のことで、妻の母方の親戚。そして海外で写真家として活躍した、僕の大先輩。そして妻がアップしたフリッカーとはこれ(http://www.flickr.com/photos/konatsu823/)で、手元にあるオリジナルプリントの複写である。
 12時過ぎ、怜王が児童館から帰って来た。手を洗うとお昼にと出しておいたあげバン(ほんとは朝食用に出したのだが…)とソーセージを美味しそうに食べると、おもむろにDSのスイッチを入れポケモンをやり始めた。
 1時10分銀座写真塾の講義(講評会)のため、銀座へ向かう。今日の講義は前半で8月に開催予定の「銀座写真塾 曽根教室 2011年 第一期生修了展(Creative / Art Gallery CORSO 8月15日〜19日)」に関する諸々のことを話し、後半で講評会を行なった。
 そして講義修了ののち、塾生を連れキヤノンギャラリーで開催中の土屋勝義さんの写真展を見に行く。そしてキヤノン
2011年06月18日(sat)  No.500

6月16日

 6時少し前、久々に怜王が僕を起こしにやって来た。昨日はT出版の仕事で阪神タイガースの藤川球児選手(http://fujikawa.lockerroom.jp/)の撮影で甲子園球場へ行き、帰宅したのが10時過ぎ。
 大阪の居酒屋で1時間ほど呑み、さらに新幹線の中で編集のKさんライターのOさんと酒盛りをしつつの帰宅。移動疲れもあってもう少し寝ていたかったが、起こしにきては仕方がない…。ともあれいっしょに起きカルピスを飲ませてから、朝食の支度をしつつメールのチェックをした。
 そして昨日撮影した藤川さんの写真をセレクトし、Photoshopで加工してデータ便でOさんのところに送信し納品終了。 8時過ぎ、元気いっぱいの怜王を小学校に送り出した。
 午前中ずっとだるい感じで時間が過ぎ、何もししないままあっという間に2時半を回り小学校から帰って来た。
 おやつを食べさせ歯をみがかせて4時過ぎ、目黒駅前のO歯科へ怜王の虫歯の治療へ。予約は4時半だったが、混んでいて名前を呼ばれたのは5時過ぎ…。
 とはいえ怜王はキッズルームで遊んで入れバドレだけ時間が遅くなっても文句を言わないので、それだけが救い。今日も腕に装着する武器のようなものを作り、ポーズをとったり飛び跳ねたり…で楽しそうであった…。治療が始まり、最終的に終わったのが5時40分…。
 本来なら今日で終わりのはずの虫歯の治療であったが、何ともう一ヶ所見かけは小さい虫歯だと思われていた場所が、想像以上に進行していて麻酔を打たなければ治療不能であることを知らされた…。
 担当のT先生は今日麻酔をして治療をと怜王に言ったと言うが、怜王は突然先生に言われて少々ビビったのか「きょうはげんきがないので このつぎ」と言い今日やることを断ったようで「次ぎ、頑張ろうね!」とT先生に釘を刺されつつO歯科をあとにした。
 O歯科を出ると、雨が降り始めていた。バッグに入れておいた折り畳み傘を広げ、ふたり傘の下ぎゅうぎゅうでJR目黒駅上のアトレの書店で「コロコロコミック」を買ってあげ、よく利用する「まいばすけっと」へ。
 すると怜王くらいの男の子だなと思う子が向かいから歩いて来てすれ違い様に手を振った。怜王は立ち止まり同様に手を振っていたが、同級生の子たちは写真を見て覚えていたが初めて見るハーフっぽい男の子。
 怜王に誰と聞くと、「じどうかんであそんでる Yくんだよ」と言った。彼の名前は怜王の口からよく出るのでこの子がYくんかと思ったが、Yくんは怜王の言っている小学校ではなく児童館で知り合った友達。
 幼稚園のときもそうだったが、目黒の町を歩いていると友達のお母さんとあったり同級生とばったり会ったりで平町に住んでいた時とはまったく違う地元であるという意識を強く感じたりしたのであった。
 それはさらに帰りの途中の入り組んだ路地で、これまたランドセルに黄色い帽子(黄色い帽子は1年生の記し)ハーフの女の子がお父さんとすれ違うと、「あっ Eちゃんだ」と小さな声で怜王が言った。
 この子も同じ小学校ではなく、まいばすけっと前ですれ違った男の子が通っている小学校の子。児童館には怜王が通っている小学校の他に3校ほどの子たちが来ているようで、児童館大好きな怜王としては自然に多の小学校の友達が出来るのだなと思った。
 怜王は小学校に上がる前から、例えば公園で遊んでいていても必ず知らないこと友だちになると言う性格的に友好的なところがあった。つまりどんな子ともすぐに仲良くなれると言う特性があるようなのだ。
 そんな怜王は良い感じで帰宅したのだが、お片づけが出来ず夕飯を食べた後はコロコロコミックに集中するあまりお風呂に入るタイミングを逸し…、そんなわけで妻の逆鱗にふれしまった怜王は…、いつも妻といっしょの部屋でひとりで寝ることになってしまった。
 我が家にはたくさん部屋がある訳ではないので、怜王ひとりで部屋を使われるともう一部屋に妻をそして僕はキッチンの空いたスペースに布団を敷くと言う配分となった。まあ基本的に朝は僕が一番早く起きることが多いのでベストな配分かと思うが、悪態をつく訳ではないが微妙に怜王の行動野中に「反抗期」的なニュアンスを感じたりするのであった。
2011年06月16日(thu)  No.499

6月14日

 寝苦しい夜で、6時に起きるまでに3回目が覚めた…。一番きつかったのが寝た時間からも起きる時間からも、中途半端に遠く感じた2時半過ぎ…。
 それでも目を閉じて仰向けになると微かに睡魔の兆候を感じたと思ったら、あっという間に2時間が過ぎ5時半過ぎに目が覚めた。この時間からは寝ると言うより横になっているだけで、今日14日にしなければならないことや明日15日の大阪ロケの東京駅集合時間のことなどを思い浮かべつつ…。
 6時過ぎ起床。まだ怜王も妻も眠っていた。大きな音を立てないようにMacBook Proを立ち上げ、まずはメールのチェックをしFacebookを開いてコメントなどに返事を書いたりしていると、怜王が起きて来て「おなかいたい…」と言ってトイレへ。
 りんごジュースをコップに入れてキッチンのテーブルの上に置いておくと、何事もなかったように飲み干し「昆虫大行進」と言う切り抜いてのり付けすると昆虫の立体が出来る本を持って来て、何意やら蝶の図柄に色を付けを。
 なかなか美しいカラーリングで凄いなと思っていると、「がっこうかえってきてから つづきやるね」と言ってプレステで「ラチェット&クランク」をやり始めた…。
 8時過ぎ天気は微妙だが小学校の校庭で5時まで自由に遊べる「ランドセルひろば」にすると怜王が言うので、連絡帳に担任宛にランドセルひろばで宜しくお願いしますとメッセージを書いて怜王に持たせた。
 気温は26度くらいまで上がるとは言うものの、9時を過ぎても風が冷たく少々肌寒い…。ランドセルひろばではなく、児童館に行くように指示してあげれば良かったかなと思った。
 3月11日の震災と3月下旬にDRUG出版元のオフィスSのDTPの突然の退社で、DRUG21号は3ヶ月と言う大幅な遅れを出してしまっていたが、今日ようやく色校を見ることが出来ることになり11時15分過ぎ横川さんと会うため飯田橋へ向かう。
 12時横川さんと合流し、駅近くのDRUGの印刷を行なっている公栄社(この印刷所は、東京都写真美術館もクライアントなのである)へ。ミーティングルームで色校をチェック。希望のフォントがない作品に近いフォントに変更を入れ、寄稿者の名前をプロフィールで少々変更。
 今回のDRUG21号3ヶ月ほど出版が遅れてしまったが、内容の充実度は今までで一番ではないかと思うほど素晴らしい状態だった。22日前後に刷り上がり、寄稿者に届けられるだろう。
 色校の後昼食をいっしょにとり、今後のDRUGについて打ち合わせをし2時半ころ飯田橋駅で別れた。
 2時45分帰宅。怜王は5時までランドセル広場だからと妻と会話をしていると、2時50分過ぎドアが開いて「きょうさ ○○くんと せいそうこえんでさっかーすることにした…」と言いながら怜王が帰って来た。
 今日はランドセル広場だから5時まで広場にいなければならないはずだがどうしたのだろうと怜王の言うことを聞いてみると、○○くんは今日ランドセル広場ではなく普通に帰帰ったのだが帰る前に遊び¥不約束を○○くんとしたらしいのだ。
 5時まで小学校にいてそれから帰って来るとばかり思っていたが、たまたま僕も妻も部屋にいたから良かったようなものの、怜王が帰ってくる5時までの間に妻が買い物に行っていたかもしれないし僕の返りが5時を過ぎていたかもしれない。
 それを思うと怜王の今日の行動と判断に、むずかしい問題があると思った。それにサッカーをやりに遊びに行ったのは良いのだが、すぐに飽きて○○くんの家に行ったと言う連絡が○○くんのお母さんから入った…。これにはさらに問題だと僕らは思った。
 出て行く時に黙って別の場所に行っては行けないよ、とあれほど念を押したのに守らずに行ってしまったからだ。
 明日僕は9時過ぎには出て大阪に行くことになっていて、妻は仕事で2時半過ぎから2時くらいまで外の出ることになっている。もちろん妻は、通常小学校が終わる2時半までに帰宅すると言うことになる訳だ。
 当然明日もランドセル広場ということになるので、怜王には今日のことをふまえて「約束は守ること」のみを言い聞かせた。夕飯は怜王の好物のカレーを作り、僕らもカレーで夕飯をとる。
 妻は7時過ぎに会社のクルマが迎えにきて、出かけて行った。その後怜王は朝色塗りをしていた蝶の続き描き始めたのでしばし画伯の手さばきを拝見。
 そして一通り出来たところでを風呂に入れ、湿疹でかゆそうなところに薬を塗り歯をみがかせ9時半過ぎに寝かしつけたのである。
2011年06月14日(tue)  No.498

6月12日

 昨日は銀座写真塾の撮影実習があって一昨日時から降り続いていた雨が気になっていたが 、信じられないことに昼過ぎくらいには上がり2時からの実習は曇り時々晴れという好状況で行なうことが出来た。
 妻と怜王は北海道旅行帰りの妻の両親と、六本木に住んでいる妻の兄の家へ夕方から遊びに行っていた。相も変わらず怜王はカメラ(CX2)を携帯して行ったようだが、今朝何を撮ったのかを見ようと液晶を見て何気にカット数を見ると、146カットも撮影していいるではないか…。
 そのうえ教えていないCX2の機能の、ミニチュアライズ設定で妻と両親、六本木ヒルズのクモ、さらに妻の兄の部屋の不思議な図案のテーブル、さらに最後のカットは部屋の中での動画まで撮っていた。妻共々、驚愕!
 今朝は遅めの、7時半起床。怜王は朝ご飯を食べずに9時過ぎそそくさと児童館へ行ったが、今日は休刊日だったようで「あいてなかった…」とがっかりした様子で帰って来た。そして「きょうはどこにいく?べいた?」と言うのでベイ太(http:/beyblade.takaratomy.co.jp/beyta02/index.html)は大井町か自由ヶ丘か有楽町まで行かないとないので、お父さんとバトルしようぜ!とベイバトルを誘うとニッと笑って「よーし べいばとるだーっ!」と元気になり、部屋の真中にベイスタジアムを設置し10時から30分ほどいっしょに遊んだ。
 昼過ぎ来週から小学校はプールが始まるので、学校指定の洋裁店へ海水パンツとタオル、そしてゴーグルなどを怜王といっしょに買いに行く。
 買いに行く途中の権之助坂下の商店街の玩具屋の前にあるガチャガチャで怜王がやりたいものを探していると、「そねく〜ん!」と怜王を呼ぶ女の子の声が!振り向くと同級生の韓国出身の女の子のYちゃんと、幼稚園で同じクラスだった同じく韓国出身のIちゃんであった。
 怜王は「こんにちは」などと大人びた挨拶をふたりにして、彼女たちが視界からいなくなると「あっちゃったね! おとうさん きょうはいいひだね!」と嬉しそうに言った。
 今日は昨日より曇天の度合いが悪く、日中はかなり薄暗かった。夕方になって怜王がまだ宿題をやっていないことが分かり、サポートしながら宿題をやらせる。
 金曜日に帰って来た時に持って帰って来た連絡帳を見ると「6月10日 _仔鼻福屬ちばし」物語りを読む)。 △劼蕕なの練習(ノート) 上履き洗い。たいよう(毎日作る新聞のようなしおり)。 ざ澄▲織ル、コップ。ァ\濯バサミ、パック(牛乳)。」と宿題や月曜日に持って行くものなどが書かれていた。
 まずは,硫仔匹鬚笋辰討發蕕ど床舛鬚掘↓△里劼蕕な練習をさせた。そして歯磨きの練習のために持って行くい筌轡礇椒鷆未鬚笋襦というのでイ鰺儖奸
 さて明日は僕はオフで妻も仕事に行かない日だが、目黒区の検診を予約しているので病院に行き怜王は普通に小学校へ行く。妻は2時半から診察を受けることになっているが、怜王が普通に帰ってくるのであればやはり2時半過ぎ。そして何よりも月曜日は、怜王のサッカー練習がある日。
 ということは何事もない午前から午後2時くらいまでが自分のために使える時間ということ。さて何をしようか…。
2011年06月12日(sun)  No.497

6月10日

 5時40分、怜王が起きた音がした。昨夜怜王が寝たのが10時近かったので、朝は6時前には起きないようにと言っておいたのだが習慣で5時代に目が覚めるのだろう…。
 キッチン脇の妻と怜王が寝ている部屋をのぞくと、布団の上で坐ったり横になったりそわそわしている怜王がいたので、もう起きても良いよと言う東レしそ言うにキッチンへやって来た。
 りんごジュースをコップにそそいであげると、一気に飲み干しMacBook Proを購入と引き換えに使わせることにしたiBookG4を持ち出しブックマークからゲーム(自らキッチンの照明をつけるなど、ひとまず部屋を明るくしてからを守っている)を始めた。
 朝食はシリアルと海外のドラマを見るようだが、怜王的には朝は軽めで小学校の給食をしっかり食べる!?ようにしているように思える。
 しかし早起きはしたもののシリアルを食べ終えた怜王は、6時40分すぎ再び布団にもぐり込んだ。こういうパターンは、太る元だと思うが、毎日のことではないし6才では関係ないことかもしれないと思いつつ好きなようにさせた。
 さて今日は妻は仕事が休みの日で、僕は夕方から。しかし妻の両親が北海道旅行に行っていて今日東京に到着するので妻が上野まで迎えに行き、母の友達が住んでいると言う大田区某所へふたりを連れて行くと言う仕事より大変!?な仕事がある。
 迎えに行く時間は、9時半過ぎに上野。目黒から上野までの所要時間は25分ほどなので、駅まで歩く時間を入れると8時45分くらいには出なければならない計算だ。仕事に行くとき部屋を出る時間は9時半なので、妻にしてみれば大変なことなのである。
 その上両親を引率し大田区某所の母の友人の家まで行き、さらに友人が怜王に会いたいと言うので小学校から帰って来てから僕が五反田まで怜王を連れて行き、妻にも五反田に来てもらい怜王を連れて行ってもらい、さらに僕は有楽町のリングキューブへ向かうと言うかなりややっこしい状況…。
 8時怜王が「そろそろいこうかな」と、ランドセルをしょって玄関に。幼稚園の頃からそうだったが、学校好きな怜王はなるべく早く行きたい(早く行けば授業が始まる前までの15分ほど遊ぶことが出来る…)のである。
 8時45分、妻が出かけた。撮影済みの画像データの整理をしていると、12時少し前「怜王今日は児童館に行かせて…」と言う妻からのメールが携帯に入った。ということは妻は5時までに帰宅するということで、怜王を連れて五反田に行かなくて良いと言うことなったわけだ。
 昼を過ぎた頃より太陽の光がなくなり、雲が広がり始め風も少し出て来た。と2時過ぎ、予想外の時間(いつもは2時半過ぎなので…)に怜王が帰って来た…。そして「5じかんめから あたまがいたいんだよね…」と言う。
 ふだんからというか生まれてこのかた食物アレルギーで食物つ制限(卵とじゃがいも)をしてはいるが、風もめったにひかず熱も出ずアレルギーの検診以外ほとんど病院に行かない怜王が「あたまがいたい…」と言うとちょっとした重みがあって即妻に連絡を入れ帰ってくるように指示を出した。
 それは僕自身は遅くとも3時40分くらいには部屋を出なければならず、怜王は頭が痛いと言ってるし妻が帰ってこないと仕事に行けないというヤバい状況に…。
 帰宅後すぐに妻に連絡を入れると、3時半までには帰れると思うと言う返事だったのでひとまずそのことは終了。しかし怜王の頭痛はどうなんだろうとしばらく見守っていると、「なんかもう いたくない!」と突然言った。
 そう言われてもつまは必至に3時半までに帰ると言っているし、ともかく今日はじっとしていた方が良いと言い聞かせた。すると怜王は最近まったく似ていないカセットビデオから「スターウォーズ」を取り出し、しばらく食入るように見ていた。
 3時半少し前、妻が帰宅。大田区久が原(駅で言えば御岳山から徒歩15分ほどのところ…)から、良く3時半前に帰って来れたものだ!10分ほどいっしょにいて、3時40分部屋を出た。
 4時半少し前、銀座リングキューブ到着。待ち時間の間MHさんの勧めで、鈴木知之さんの写真展「Parallelismo(http://www.ricoh.co.jp/dc/ringcube/event/parallelismo.html)」を見る。面白い。いままであったようで誰もやっていなかった手法、絵画の世界ではふつうに表現出来る手法を写真で、それも緻密な計算をして構築するとは驚きだ。
 鈴木さんが会場にいて、MHさんに紹介していただけたので作品の前でいろいろお話をする。前回アジアの写真展でも未来ある写真を感じさせもらったが、鈴木さんの写真にも生き生きした未来を感じることが出来た。
 4時半過ぎ、待ち合わせをした全員がそろったところで某所に移動。1時間半ほど仕事をし、今日の仕事のRICOHのスタッフ4名と9時半くらいまで京橋に近い中華料理店で歓談。外に出ると、雨がぽつりぽつり降り始めていた。
 明日は銀座写真塾の、撮影実習がある日…。昼までに上がって欲しい…。
2011年06月10日(fri)  No.496

6月8日

 一昨日は以前月刊カメラマン編集部に在籍していたMSさんと、当時日芸の学生でカメラマン編集部のアルバイトに来ていたAYくん(現在フリーのエディター)と渋谷で会った。20年会わなかったという時間のブランクはまったくなく、11時近くまで楽しく歓談。
 この三人というより、僕以外のふたり、当時僕が血の気が多く?喧嘩っ早かったことをその目で見た数少ない証人なのである。
 どんなものだったのかと言うと三人で六本木で飲み、神宮前6丁目の僕のアパートまで帰る途中、それも後数分で到着と言うあたりで、明治通りの反対側からからのビール瓶が飛んできて僕の足元近くで割れた…。
 その瞬間投げた奴とを確認して、珍しくクルマの通りが途絶えていた(これが信じられない…)明治通りを横断しビンを投げた奴の飛びかかり殴る蹴るで倒したと思ったらそいつの後ろに10人ほどの奴らが…。「てめぇ、いい度胸してんな」と強面な奴が言った瞬間形勢逆転でぼこぼこに…。
 しかし「いい度胸してんな」と言った奴が何と同じアパートの住人で、なぜか彼の部屋に僕だけ行って酒盛りをしたという分けの分からないことをしたのだ。
 その間ふたりは原宿警察に連絡を入れたりしていたが警察が来た時にはアパートに入っていて、僕の部屋にいた。今思えば無謀なことをした訳だが、無謀であったその理由のひとつに彼らが某体育系大学の学生であったこと…。人数以前に、叶う分けない奴らだったのだ。1/4世紀?以上も前の話しである。
 8時怜王は元気に小学校へ。9時半妻が2時半までに帰宅と言うことで、碑文谷の仕事場へ向かった。
 12時モノブロックストロボなど機材を持ち、仕事に出た。目黒から代々木経由で浅草橋まで。改札口でY出版社編集のNさんと待ち合わせ、東京化粧品組合へ。3時半過ぎまでみっちり撮影をし、4時半少し前に帰宅。
 今日の仕事のデータが急ぎであることを撮影の時に知らされたので、底をついてしまったCDケースや封筒などを購入しに再び目黒駅方面へ出る。そして歯の治療が終わった怜王と妻と目黒駅前で合流し、怜王が「ねんどがほしい」と言うので東急の2回にあるキャンドゥへ行って粘土やCDケースなどを購入し帰宅した。
 夕飯を食べた後、妻のMacのモニターでレンタルしている「Bones」を見る。見始めるとクセになる、海外ドラマ。じつは「Bones」もGyaO!で配信している「スーパーナチュラル」なども面白いのだが、何と言っても夫婦でお気に入りは「FRINGE(http://www.imdb.com/title/tt1119644/)」で、シーズン3のレンタル開始を僕らは心待ちにしているのだ。
2011年06月08日(wed)  No.495

6月5日

 昨夜は11時過ぎに眠ったのだが妙に眠りが浅く2時間おきくらいに目が覚め、早朝ようやく穏やかな心持ちで眠りに落ちて行く感じが出て来た頃足元に気配がて…。身体を起こすと「もうじき6じだよ!」と言ってにっと笑う怜王がいた…。
 枕元の携帯で時間を確認すると、5時44分。確かにもうじき6時ではあるが、もう少し眠りたかった…。キッチンへ行き怜王のりんごジュースを飲ませ、僕は炭酸水をコップ一杯飲み干した。
 最近炭酸水が、マイブーム。そしてコーラやサイダーなど炭酸系の飲料水を飲めるようになった怜王も、カルピスを炭酸水で割って飲むのがマイブーム。ということで、切らさないようにしている。
 今朝はとても穏やかな陽気で、風もなく暑くもなくとても過ごしやすい。天気予報をネットで見ると今日は基本的に晴天で、午後に傘マークこそあるが、ここ1週間傘マークはない。梅雨入りしたのに降らないというのも、何とも変な気分である。
 ただある仕事で集注的に作品撮りをしなければならなくなる今週から来週にかけて、雨模様ではないと言うのはラッキーである。
 さて起きてからの怜王はと言えば、テレビの子ども番組を見て(6時はまだ子ども番組はなく、つけたらやっていた旅のグルメ番組をみてケラケラ笑っていた…)楽しそう。
 Facebookをはじめてから、写真展情報が凄まじボリュームで知ることとなった。つまりDMでしか知ることのなかった方々の写真展情報が、Facebook上で日常会話のようにアップされるからだ。
 DMで送られて来た中で興味をそそられる写真展はというと、まずはペンタックスフォーラム(6月8日〜20日開催)の勝田尚哉写真展「築くII(http://www.pentax.jp/forum/)」。そして春日井市のバンフォトギャラリ−(http://www.ban-std.com/)で開催するワークショップ曽根塾のリーダーである無TARO(古賀無太郎)写真展「With A Little Help From My Friends(6月8日〜26日)」。
 朝ご飯を食べテレビを見続けていた怜王は、9時を回った頃「じどうかんにいく」と時計を見ながら言った。そしてさかんに「1と2と3と4だから もう9じ20ふん!」などと言いながら、そそくさと着替え歯をみがいて児童館に出陣!
 しばらくして昨日もいっしょに児童館に行って遊んでいたKくんのお母さんから妻の携帯に「今日は児童館誰と誰が行きますか?」という連絡があったが怜王はすでに児童館。Kくんも行くらしい。仲良し(同じ幼稚園で、小学校ではクラスメイト)なのである。
 さてフランスパンは時折食べるのだが、日常的にパンを食べることのしない僕が今朝からホットドッグがなぜか食べたくてしょうがなかった…。といっても買い置きのパンはないので、朝食はほうれん草とハムの卵焼き+もやしとブナしめじのオリーブオイル炒めと玄米と白米(1:2)を一枚の大皿に乗せて食べた。
 怜王はと言えば相も変わらず「おちゃづけ」というのでのり茶漬け(ご飯は僕らと同じ玄米+白米)を作って食べさせたが、今日に限ってお替わりを!結果僕ら大人と同じ量を食べた。朝から凄い食欲である。
 昼前やはりホットドッグを食べようと思い、ロールパンやソーセージそれに妻から頼まれたあずきなどを購入しに外出。今日は入手したばかりのSIGMA DP2xを首から下げ、目黒川沿いの遊歩道をスナップして歩きマルエツで買い物をして帰宅。
 怜王は昼過ぎに帰宅。昼食は全員ロールパンで、怜王は練乳をサンドし僕らはソーセージとタマネギのみじん切り+マスタードとトマトケチャップのホットドッグ。怜王がひとつ、妻がふたつ、僕が3つ食べ昼食終了。ひとまず満足した。
 午後からも怜王は児童館へ行く(親が見ていないし怒られないし、友達同士で遊べるので楽しいのだろう)ようで、1時開館までの45分ほどを宿題をしたりDSをやったりして時間を調整していた。
 1時を過ぎてから、怜王はまるで仕事に行くように児童館へ。怜王が帰るまでの間、DP2xのテスト撮影も兼ねたスナップをする。DP2xはDP1xよりが描くが狭いことと、f値がf2.8と明るいのでプログラムAEで撮影をしても一眼レフに近い美しいボケ味が出る事を再認識する。
 5時過ぎ怜王が帰って来て、「きょうさ Yちゃんがきてた!」と嬉しそうに言った。Yちゃんとは小学校の同級生の女の子で、Yちゃんも「そねくん そねくん」と怜王のことを好いてくれているようで怜王も好きらしい。いっしょに遊べて良かったねと妻共々、ちょっぴり微笑ましい気持ちで怜王に言った。
 そして児童館で作って来た連結出来る新幹線(色は自分んで塗ったらしい)と厚紙で出来た独楽を僕らに見せて「すごいでしょ!」と言った。
 夕飯を食べた後僕らは海外ドラマの「BONES(シーズン4の12作目)」を見る。怜王は僕の携帯ワンセグでサザエさんなどを見てからお風呂に入った。耳鼻科の先生から言われた通り、治療をする1日前から耳あかを柔らかくする薬を耳の中に投与(15分)しなければならないので、寝る前にまずは左耳に投与し、そのあとディズニーアニメの原作の「ヘラクレス」読んであげると15分を待たないまま眠ってしまった。
 幼稚園の時は毎日絵本を借りて来ていて、それを毎日読み聞かせをするのが3年間の日課だったので、小学生になって寝る前の絵本の読み来稼がなくなったことが寂しかったのかもしれない。お兄ちゃんになったけれど、時々絵本を読んであげようかなと思ったりした。
 怜王が眠る寸前、雨が降り始めた。雨音を聞いていると、かなりしっかり降っているようだ。しかしネットで天気予報を見ると、どうやら朝までには上がるようで明日は快晴となるだろう。
2011年06月05日(sun)  No.494

6月2日

 5時40分すぎ、怜王がくしゃみをする音がして目が覚めた。そっとキッチンへ行ってみると床にあぐらをかいてDSをやっていた…。早いねと言うと、「おきちゃったんだよ」と言った。
 そして20分ほどしたところで、突然「あっ そうだ!」と言って昨夜ランドセルにすでに用意した国語の教科書を持ちキッチンへ。おもむろにページを開くと、「もういちど かきなをさないと…」と良いながら一度なぞったひらがなの鉛筆後をせっせと消しゴムで消し再びなぞり始めた。
 随分緻密な感じだが、昨日書いた時には「これでかんぺき!」と言っていたが、思い返してもう少しきれいになぞらないとマズいと反省したのだろう。精神的な進歩があるように思えた。
 それにしてもテーブルの上には手に持った消しゴムを含め、合計3個の消しゴムが…。こんなに必要あるだろうか?
 そんな姿を見ていてふと、昨日洗濯物をベランダに干しっぱなしで寝てしまったことを思い出した。さっそく取り込み部屋に入れたが、L時形のベランダ周りの角にある巨大な紫陽花がもうそろそろ開花しそうな感じ。
 この部屋に越して来たのが、昨年の7月下旬。そしてマンションの、1階に住むのは初めてのこと。そしていままではベランダにでると目線先は空で眼下に住宅だったのが、今回は庭があり目線の先に柿の木と紫陽花で、マンションを囲う塀までは3mから4m。
 引越がとても熱い夏の盛り(正確には7月22日で、この日今年は言ってから一番の暑さであった…)の時で、この紫陽花は花の色も茶色の変色してしまっていてまだ完璧に咲いた状態を見ていないので咲き誇る時を心待ちにしている。
 8時に怜王を小学校に送り出してからあることをMacで調べていたら、偶然キャプテンビーフハート(http://www.beefheart.com/)が昨年12月に亡くなっていたことを知った…。彼のバンドはヒズ・マジックバンドと言う名前で、バンドのメンバーにライ・クーダが参加など驚くべきデビューをしている。
 この映像(http://www.youtube.com/watch?v=1MnQx80nS9U&feature=related)などはヴォーカルのビーフハートやライ・クーダ(黒い帽子をかぶり右端でボトルネックでギターを弾いている)の雰囲気を良く描いていて、また映像としてもカメラマンやスタッフ観客なども映し込んでいてとても素晴らしい。
 フランク・ザッパ(同級生で、キャプテン・ビーフハートの命名はザッパ!)とともに、すでに伝説のミュージシャン。69才と、まだ若いのに…。ご冥福をお祈りする。
 2時半過ぎ、小学校から帰って来た。おやつを食べてしばらくしてから、着替えをさせ権之助坂近くの耳鼻科へ怜王を連れて行く。少々耳に耳あかが詰まっているので、耳鼻科に行くようにと小学校の検診でチェックが入ったのだ。
 それにプールがそろそろ始まるため、眼科検診、耳鼻科検診が9日に小学校であるのでそれまでに少しでも治療をしておかなくてはならないからだ。
 歯は1ヶ月位壽應前から通っていて、後3回ほどで終了予定。眼は大丈夫だが、耳は小さい頃から耳掃除を嫌がってさせてくれずここ1年前くらいからようやく耳の真中あたりまで掃除をさせてもらえるようになったが、基本的に耳掃除を嫌がる。
 先生曰く「これは家庭で耳あかを押し込んだような形跡がありますね、奧の方はカチカチです…」であるという…。さて怜王の反応はどうかというと、やはり微妙に嫌がって「そこはいたい…」と何もしない時に言ったりて治療どころではなかったが、それ以前に耳あかが奧で固まっていてそれを薬で柔らかくしないと掃除不可能であることが分かり数分で治療終了。
 歯医者のとき妻が連れて行ってあまりに怜王が治療を嫌がるので妻の方が嫌になって、虫歯の治療が1年ほど遅れてしまった。遅れてしまうとどうだったかと言うと奥歯に大きな陥没が出来て神経ギリギリになっていたので麻酔をすることに…。
 歯医者は僕が担当になりもうじき終わりそうだが、耳鼻科も僕が担当になるようだ。男同士いっしょに頑張って耳鼻科に行こうと怜王に言い、次回(多分来週月曜日)の治療も僕がいっしょについて行くことを伝えた。
 夜になってレンタルビデオショップから借りて来た映画、「ソーシャル・ネットワーク(http://bd-dvd.sonypictures.jp/thesocialnetwork/)」を見る。「ソーシャル・ネットワーク」いわゆる「Facebook」が出来るまでの出来事をマーク・ザッカーバーグを中心に描いた映画。
 僕個人は2011年2月15日に「Facebook」に登録をしたのだが、登録をした段階で「Facebook」の存在も知らず映画も知らないまま妻が登録をしていたのでやってみようかなと思ってはじめたのがきっかけ。
 映画の印象はその昔日本でも大学生たちが大人社会にしかけた「ベンチャー・ビジネス」と変わらない。ただインターネットが完全に普及しててい、パソコンだけではなく携帯やiPhone・iPodといった端末でのアクセスが出来ること、実名で登録することなどの要因が拡大に拍車をかけたに違いない。
 映画を見ている間中ずっと気になっていたのが、マーク・ザッカーバーグを演じたジェシー・アイゼンバーグがセックスピストルズのジョン・ライドン(ジョニー・ロットン)に弥ベルト期の口元や目つきが似ているしとても早口…。
 本人であるマーク・ザッカーバーグの画像をネット検索すると、ジェシー・アイゼンバーグよりもっと柔和な感じ…。誰がキャスティングしたのだろう?
2011年06月02日(thu)  No.493

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