ys diary
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10月31日

 6時少し前起床。怜王に起こされるまでもなく起きてしまうのは、完全なる習慣。気持ち的には今日ぐらい(世の中日曜日であり休日なので…)ゆっくり寝てと思うところだが、毎日同じリズムで起きて朝食をとってをしないとどうも落ち着かないのだ。
 朝食を作りつつメールのチェックをし、7時過ぎに朝食をとる。そして携帯メールをチェックするがDRUGの創刊メンバー横川さんからの連絡はまだ届いていない。
 というのは数日前から携帯にメールをしていて、いつもならすぐに返信が来るのだがさっぱり音沙汰がない。昨日一昨日と創刊メンバーで会いたいと大嶋さんから言われていたが、どうにも連絡が取れないのでは仕方がない。待つしかないだろう…。
 10時くらいまでMacに張り付いて、10時半過ぎGRDIIIを持って撮影に出る。と言っても近隣なのだが、今撮影をしている植物(日中シンクロ)のイメージが意外なことに自宅マンション周辺から恵比寿にかけて多く見られるので、取り立てて遠方に撮影に出る必要がないのだ。
 今日から11月2日まで妻と怜王は西宮(兵庫県)の実家に遊びに行っていていないので、好きな時間に好きなだけ自分の時間を使えるということで日曜だから休もうなどと言う気にはなれないのである。
 12時半少し前恵比寿近くの三田あたりを撮影していると、弟Mから「教授(坂本龍一)のシアトル講演ユーストリームで今始まりました」という知らせが携帯に入った。パソコンがないと見ることは出来ない。今日は十分撮れたからとそのまま歩いて帰宅。
 ユーストリームで、坂本龍一のシアトル公演を見る。その後の弟曰く「21世紀のビル・エバンスみたいだ!」と言うのは当たっているかも知れない。
 シアトル公演終了後、撮影して来た200カットほどの画像をMacに取り込み、ざっくりセレクトをし『植物頌(しょくぶつしょう)』のフォルダに保存。ちなみに植物頌のイメージ画像は日本カメラ11月号特集「Happy 5th Anniversary GR DIGITAL」の写真家に聞く「これが私のGR GDIGITALスタイル」で1点掲載。そしてDRUG20号(11月中旬印刷完了予定)でも、植物頌から掲載予定である。
 4時半過ぎ、思い立ってレンタルビデオショップへ。いつもは妻や怜王が選んだ映画を見たりしているが、たまには自分で見たいと思う映画をと行ってみたのである。
 まずはずっと見たいと思いつつなかなか踏ん切りが着かなかった(なぜだか分からない…)、ケイト・ブランシェット主演の『エリザベス』と、いろいろ見ているうちに見つけたトム・ハンクス主演の『ポーラー・エクスプレス』の2本をレンタルした。
 そしていつもなら夕飯を食べてから見るのだが、5時くらいからまずは『エリザベス』を見る。凄い映画だと思いつつまるまる2時間見て通し、最後の最後でエリザベスが言った「わたし結婚したわ 英国と」と言うひと言に感極まるものが…。ひとりで見て良かった、と思った。
 この「感極まる」は、過去にいくつかの映画で体験している。オードリー・ヘップバーンの『戦争と平和』、ウイリアム・ホールデンとジェニファー・ジョーンズの『慕情(http://www.youtube.com/watch?v=buwZijSKpoU)』、タイロン・パワーの『愛情物語(http://www.youtube.com/watch?v=37-wxC69Cws)』、そしてケイリー・グラントとデボラ・カーの『めぐり逢い』…。
 しっかり見ようと思ったら、ここに列挙した映画はひとりで見た方が良いと思う。年齢性別に関係なく、必ず泣き所があってつぼにはまると抜け出せなくなるからだ。
 8時少し前妻の携帯から着信があったので出てみると、出たのは怜王だった!今日は小さな海老をおじいちゃんと捕まえたとかで、とても得そうな口ぶりで良かったと思った。
 さて『ポーラー・エクスプレズ』は、信じられないほどピュアで新鮮な映画であった。と言ってもトムハンクスだけ(と言っても誰が誰だか分からない…)が実写で、あとの登場人物はすべて3D 。それでも素晴らしい構成で、最後のシーンまで眼が離せなかったしこれは怜王にも見て欲しいと思った。
2010年10月31日(sun)  No.399

10月30日

 雨の音で目が覚めた。枕元に置いた携帯を見ると、5時59分。珍しく怜王は、まだ眠っているようだ。そのまま起床。
 怜王は6時半頃に起きて来て、昨夜からの予告朝食のカレーを朝から食べた。が昨日ぶつけた前歯が微妙に痛いようで、豚肉が噛み切れず半分ほど食べたところでギブアップ。噛むことのないヨーグルトを食べてから、プレステでファイナルファンタジー12をやり始めた。
 10時過ぎ、三人で部屋を出る。台風14号が接近しているため、かなりの雨が降っていた。目黒駅から山手線に乗り、東京駅へ。東海道新幹線乗りがへ行き(僕は入場券)11:20発ののぞみにふたりは乗った。
 怜王は新幹線に乗るのははじめてで、「かめら かめら」と言いながらのぞみの写真を撮ったり僕の写真を撮ったりで大はしゃぎ。
 だがしかし出発時間が近くなって、僕がふたりの写真を撮るころになると半べそ状態…。それでも「ばいばい…」と手を振っていたがその直後涙が…」「どうしておとうさん いっしょにいかないの…」
 走り出すまでホームにいようかと思ったがより怜王の感情を高めさせてしまうと思い、出発を待たずにのぞみから離れホームを降り山手線乗り場へ向った。しかし途中で気になって妻に電話を入れると「泣いてるよ」と言うので電話に出てもらうと「ぐすん ぐすん あああ○×!△□」としゃくり上げるように泣き意味不明の声…。怜王もずいぶんお兄ちゃんになったものだと思いつつ、目頭が熱くなった…。
 山手線で秋葉原まで行き、丁度ホームに入って来た総武線に乗り幕張駅まで。雨脚はさらに強くなって来ていて、さらに風も強くなりつつあり実家の近くまで来たとき傘の骨が1本折れてしまった…。
 実家では父も母も弟Mも元気そのもので、3時半過ぎまで楽しく歓談し弟からエルスケンの写真集2冊、「エンゼルフィッシュ(現ガービッジのボーカル・シャーリーが在籍していたバンド」」とクリームの「グッバイクリーム(LPは当時買っていたが、CDはないので嬉しかった)」を譲りくけ帰路についた。
 帰宅後赤ワインを飲みながら、エンゼルフィッシュとクリームをiBookで聴きながらエルスケンの2冊の写真集を数回繰り返し見る。エルスケンの写真集は過去に何度か見たことがあったが写真集を購入していなかったのでじっくり隅々まで見るのは今日がはじめて。
 「アムステルダム」はクラインの「ニューヨーク」を上回る密度であることにあらためて驚愕し、「ワンス・アポン・ア・タイム」も素晴らしい作品ばかりでスナップの極致を見る思い(覆い焼き焼き込みが荒々しく感じたが、その荒々しプリント加減が時代であるし持ち味になっていると感じた)であった。
 2枚のアルバムと2冊の写真集を見終わると、1作まだ見ていなかったDVD「バトル・オブ・マジック(マーリンと魔法の神々)」を見る。ストーリーは面白いのだが、どうも展開がぎくしゃくしているような印象。それに誰ひとりとして、魅力的な登場人物がいないのもいまひとつと感じた要因か…。
2010年10月30日(sat)  No.398

10月29日

 早朝4時過ぎ、怜王がトイレに起きてそのまま僕の布団に潜り込んで来てそのまま二度寝をはじめた。。ここ数日で秋を飛び越え一気に冬になったような寒さとなったが、今朝は少々温かいように感じた。
 6時過ぎ起床。怜王は爆睡中だったので、そっと起きてキッチンへ。幼稚園のお弁当を作りつつ、メールのチェックなどを行なった。
 7時少し前、怜王が目を覚ましキッチンへやって来た。昨日のテーブルマナー(白金の都ホテル)とそのあとの卒園アルバムの話し合いに怜王も4時過ぎくらいまで妻と行っていたので)などで帰りが遅く、かなり疲れているようだった。
 朝食は珍しく3人ともお餅で、僕らは雑煮で怜王は醤油で味を付け海苔を巻いて食べさせた。8時50分、妻といっしょに怜王が幼稚園バス乗り場へ向った。今日は5時まで預かり保育にして、妻も僕も仕事。
 9時20分週2回のペースで通っている仕事場(碑文谷)へ、妻が向った。そして10時過ぎ、デジタル一眼を持ち品川区荏原のジャベル(http://www.javel.co.jp/)へ向った。ジャベルのHPの11月のトップ写真の撮影である。
 東急目黒線に乗り、ふたつ先の武蔵小山駅下車。商店街のアーケード(徒歩10分ほど)を抜けたすぐのところにある、中原街道沿いのジャベルへ。そしてジャベルTさんとジャベルの駐車場へ行き、シトロエンC6をチョイスして撮影。
 このところ引きの写真が続いたので、比較的アップ目のカットを多く撮影し11時過ぎジャベルをあとにした。
 目黒まで戻り駅周辺のスナップをし、12時半過ぎ帰宅。撮影して来たC6の画像データをMacに移し、撮影し終えた段階で決めていた1カットをピックアップし画像を加工しデータとして妻のアドレスにメール添付で送付した。
 午後からはMacに向い、来年1月から開講する銀座写真塾「曽根教室(看板は「銀座写真塾」だが、実際コダックもスポットも離れてしまっているため、完全なる自主運営となり自由にいろいろ決められるのである)」6ヶ月コースのスケジュール作成をする。
 といっても講義をする場所はすでに銀座のスポットの会議室を抑えてあるのだが、撮影実習の場所と集合の場所時間などなどはまだ練っている最中だったので綿密に全体を計算をしつつ。
 3時過ぎ買い物を兼ねて、スナップにでる。と言っても明日から妻と怜王は西宮の実家に数日帰省するので、今夜と明日の朝のおかず程度。権之助坂周辺をイヌのように歩き回ってスナップをし、マルエツで買い物をして4時帰宅。外はすでに、薄暗くなりつつあった。
 5時過ぎ、妻と怜王帰宅。部屋に入るなり「転んで積み木に当たって、血が出たんだって…」と妻が言った。どこに当たったのか身とところ良くわかなかったが、口お開け歯を怜王が見せた時上の前歯2本の歯茎にうっすら血がにじんでいた…。
 保健の先生が見てくれて「大丈夫でしょう」と言って薬を塗ってもらったと言うが、外傷がなく(血が出たわりには歯茎も腫れもせず、本人が痛がっていないのが何より)ほっとしたがほんとに良く転ぶ…。
 明日から妻と怜王は、三泊四日で兵庫県西宮市の実家に帰る。短い日数だが着替えとか日常使うものなどけっこうあるので、宅急便で衣類などを包装して送る作業に妻は没頭していた。そして怜王は、小さなショルダーバッグにニンテンドーDSとカメラ(LUMIX)とそれぞれの充電器を入れていた。
 僕も明日は千葉の実家に行く予定だ。と言うのは弟Mがもらって欲しい写真集(かなり大きいらしい)があるので、都合の良い時に取りに来て欲しいと言うので東京駅までふたりを送りに行ったあと少しだけ実家に戻ろうと思っている。
 ただDRUG創刊メンバーと夕方会うことになるかも知れないので、3時過ぎには実家を出なければならないが…。
2010年10月29日(fri)  No.397

10月27日

 5時55分怜王が目を覚まし、僕が寝ている部屋にやって来て布団に潜り込んで来た。今日は冷え込んでいる。5分ほど布団の中で話し(怜王の話しは大半ファイナルファンタジー12のことであった…)をし、いっしょにキッチンへ。
 たった1日でもロケで部屋をあけると寂しいようで、「おとうさんがいないと さびいい…」と何度も言っていたと言うのでともかく一虜にいる時に出来ることをしてあげる。
 まずは冷蔵庫を開きブドウジュースをコップに注いであげ、怜王のお弁当を作り始めた。ジュースを飲み終えた怜王は「ぱそこんで ふぁいなるふぁんたじーの でずもんどうぉーるの こうりゃくみてもいい?」と言いつつキッチンのテーブルに置きっぱなしのiBook を開くと、器用にブックマークからファイナルファンタジーを出し調べ始めた。たいしたものである。
 そういえば25/26日で富山へ行き、富山県警山岳救助隊の救助訓練(http://www.toyama.hokkoku.co.jp/subpage/T20101027202.htm)の撮影に行った。事前の予報は雨で確かに富山市内は2日とも大雨であったが、訓練場の立山雑穀谷は霧雨程度で問題なく(晴れはしなかったがギリギリ撮影に支障のない程度の雨であった!))訓練も行なわれ撮影も順調に進み無事終了し昨夜帰った。
 ちなみに26日の日中の富山市内の気温は9度で、東京は16度。ひざのあたりからぞくっと寒さを感じた富山は、飛行機だと1時間で行ける(行きも帰りも寒気が北陸地方に訪れていて、気流が乱れ飛行機はかなり揺れて気が気ではなかった…)がやはり北国なのであった。
 8時50分怜王は妻に連れられ、幼稚園バス乗り場へ。僕は富山で撮影して来た画像データをDVDに焼いたものをメール便で送るためにセブンイレブンへ。
 納品完了。ということで怜王が帰ってくるまで、FF12のレベルをあげることに専念する。基本的にゲーマーなのでレベルをあげるだけでもゲームをする楽しみはあり、怜王的には必要な武器や防具、魔法なども手に入れることも出来るわけで、ストーリー展開はないにしても気を入れてやり始めた。
 何度見てもFF12の映像は、緻密で美しい。妻は幼稚園の卒園アルバムの打ち合せ(妻は撮影担当なのである)があって、目黒駅近くの某所へ出かけた。そして2時過ぎのバス停へのお迎えまで打ち合せは続いたようで…、帰宅せずに直接バス停に行くと言う連絡が入った。
 2時過ぎ、妻といっしょに怜王が帰って来た。僕がファイナルファンタジーをやっているのを見て「やっぱり おとうさんやっててくれた!」と大喜び。ゲーム進行を怜王に任せ、僕はMacに向った。
 たくさんの着信メールが入っていて、返信を書くのに追われた…。当初の目的のデモンズウォールをレベルをあげていたことと、魔法スロウを入手したことで無事クリア。レベルを18から20まであげたので、すんなりクリア出来たのである。
 夕方三人でレンタルビデオショップへ。今日は全品半額の日で、僕らは当然のように「フリンジ」の10と11それに「バトルオブマジック マーリンと魔法の神々」と「シャーロックホームズ」、怜王はポケモン関連を3本かり帰宅。今回の映画のセレクトは、妻に任せた。
 帰宅後怜王が、「かみと せろてーぷ」というので手渡すと、リラックマのお顔に自分で描いた眼と口をセロテープで貼付けて見せに来た。面白い!リラックマのイメージが全然違うキャラになっているではないか!しばし大笑い。
 ちなみに、寝ているリラックマであるそうな…。こうしたことは日常茶飯事なのだが、特に今日描いたリラックマの眼と口をぬいぐるみのリラックマに直で貼ったことは素晴らしい発想だと思った。
 さて明日はH幼稚園のテーブルマナーの日で、白金の都ホテルで本格的フレンチを、ナイフとフォークで食べることのテーブルマナー実習の日。家でも時々ナイフとフォークで食べさせたりするときもあるが、ナイフはともかくフォークの存在が今ひとつ理解出来ないようで、おいて手で押さえてナイフで切ったりしていた。
 明日プロの始動があると聞いているが、どうやってナイフとフォークの役割を説明し、子どもたちが理解して実践出来るのかその場に痛いような気もするが行くのは子どもたちと先生のみ…。料理は美味しいはずだが、子どもたちはどうテーブルマナーを理解し実践するだろうか?帰宅後の怜王の言葉が、早く聞いてみたい。
2010年10月27日(wed)  No.396

10月24日

 5時半怜王が例によってリラックマを抱きながら、僕が寝ている部屋にやって来た。今朝は起こそうと言う感じではなく、自分も寝たいと言う感じで横になって来たので掛け布団をかけてあげた。するとあっという間に二度寝をはじめ、目を覚ましたのは6時半過ぎ。いっしょに起きてキッチンへ。
 今日は日曜日なので、7時から子どもの番組が目白押し。そんなわけでしょっぱな「バトルスピリッツ・ブレーブ」、そして「仮面ライダーオーズ」となりきり…。
 3才ころに「仮面ライダーディケイド」が好きになり変身ベルト(カードで音が出る)を購入して以来、まったく仮面ライダーに興味を持たずにいたが、幼稚園の友だちの影響もあるのかも知れないが最近「仮面ライダーオーズ(http://www.tv-asahi.co.jp/ooo/)」で再び仮面ライダー熱復活。
 朝から変身ベルトを装着し、大鳥神社の縁日で買った剣を持ち出し大変身大会が…。僕も小さいころ風呂敷を肩にかけ、月光仮面になりきって路地裏を走り回っていたのを思い出す…。
 昨日お台場にある日本科学未来館(http://www.miraikan.jst.go.jp/)へ怜王を連れて行った。科学とか未来とか難しそうではあるが、どんなものでもそんな思いを持たずに見たり体験したりしていて、子どもに難しいからとか分からないだろうからと言う先入観を持っては行けないなと思った。
 5時過ぎ目黒に戻り帰りに東急ストアへ寄ると、入り口で幼稚園の同じクラスの男の子Rちゃん
とばったり会って「あっ そねれいおうくん!」と声をかけられた。そして中に入りレジ前に行くと僕らの前にやはり同じクラスの女の子Iちゃんがいて、やはり「あっ そねれいおうくん!」と声をかけられ、「なんでふたりもあっちゃうんだろ…」と嬉し?恥ずかしで怜王はどぎまぎしていた。
 このタイミングで帰って来たのは怜王が帰るそぶりを未来科学館でしたので丁度来たバスに乗ってこの時間になったのだが、部屋を出るときも怜王がぐずぐずして予定より遅れて目黒駅まで行くと、改札口コダックフォトスクールで講師をはじめて最初に生徒でつい数ヶ月前まで毎回来てくれていたSさんとばったり。
 Sさんは父と同じ84才と高齢にも関わらず一眼レフを持ってどこにでも出歩き写真を撮っていたが、今回「銀座写真塾」から不参加になっていてどうしているかなと思っていた矢先。とても元気そうだったが、「さいきんくたびれちゃって…、ごめんなさい」と言っていた。
 Sさんは都ホテルに行くと言っていたが、それでも自宅である成田から目黒までスーツをびしっと着込んでいて元気そうでほっとした。
 今日は1日怜王はテレビで、「FF12」をやっていた。僕も手伝ってレベルをあげたりして、「リヴァイアサン」と言うところでなかなかボスキャラの「ジャッジギース」を倒せずにいたので、ネットで攻略の動画を見て戦法をチェック。
 「リフレク」の魔法を戦う前に全員にかけることからはじめ、「ジャッジギース」を倒すより先に回りにいる兵隊を倒すことなどを知り怜王に伝える。そしてボスキャラで僕が魔法のタイミングやHP回復のタイミングなどを指示し、どうにかクリア!怜王は嬉しそうだった!
 さて明日は、富山ロケ。天候が気になるところで、雨であるのと晴天であるのと、まったく仕上がりの写真が変わって来る。しかし予報を見ると明日25日は99%雨で、本番の26日は曇り時々雨。さて自称晴れ男としては、覆したい感じではあるがどうだろうか?気温も東京より10度くらい低いようだし…。
 
2010年10月24日(sun)  No.395

10月22日

 5時45分過ぎ、となりの部屋から怜王がリラックマといっしょにやって来た。何気に横になって来たので掛け布団をかけてあげたがまったく寝る気はないようで、楽しそうに話しをし始めたので僕としても眠れないくなり6時を回ったところでいっしょに起床した。
 今日は幼稚園の遠足の日だが、外を見ると雨は降らないだろうが曇天…。昼くらいまでに晴れ間が見えてくればと思うが…。
 8時15分過ぎ、怜王と妻が出かけた。玄関ドアしめ部屋に戻ると、太陽の光が部屋に射して来た。天候は回復に向いそうだ。
 そう言えば面白くてしょうがない海外ドラマ『フリンジ(http://wwws.warnerbros.co.jp/fringe-dvd/)』は、先日2本借りてみた段階で、でに9本18話(DVD1枚2話収録!)見ている。早く次のを見たいと思っている。その『フリンジ』のno.8/no.9は、今日が返却日。仕事から帰ったら返却に行こうと思う。
 12時半過ぎ、昨日同様の撮影機材を持ち仕事に出かける。今日はお笑いタレントのにしおかすみこさん(http://www.watanabepro.co.jp/mypage/artist/nishiokasumiko.html)のインタビュー撮影。
 目黒から山手線で原宿に出て、竹下通りを抜け明治通りを越え六本木ヒルズ近くのワタナベエンタテイメントの入ったビル1階ロビーでライターのMYさんと編集のKさんと合流し事務所へ。
 会議室に案内されライティングを組んでいると、「もういいですか?」とにしおかさん自ら僕らに声をかけに来てもらえた。第一印象は普通に優しいお姉さんで、SMとかボンテージのイメージがあっただけにその落差に驚ろきそして可愛らしいことに新鮮な感動が!
 和気あいあいの中、インタビュー撮影は無事終了。帰りは表参道駅から銀座線で渋谷に出て、山手線に乗り換え目黒駅まで。途中妻の携帯に連絡を入れると、丁度目黒駅改札口を抜けたころ、妻と怜王は遠足を解散し友だちのKHくん家族と園内で遊んでいるところであった。
 2時半過ぎ帰宅。ポストにヤフオクで落札した83年「カメラフェスティバル」開催記念誌『WATCHING(日本写真機工業会発行)』が届けられていた。
 この『WATCHING』とても贅沢な仕様で見開きに作家の写真と文章が掲載されており、その写真家数Hが37名。表紙は久留幸子で篠山紀信を筆頭に操上和美、稲越功一、奈良原一高、富永民生、安斎吉三郎、藤原新也、高梨豊etc…。その中に山村雅昭さんの名前を見つけたので、落札。
 ちなみにこの「カメラフェスティバル」池袋西武で開催とあり、当時の東京の文化が渋谷でも新宿でもなく、写真も文学(この頃詩人吉増剛造や白石かずこの詩の朗読を聞くために、池袋パルコに日参していた…)も池袋であったことがうかがえとても興味深い。
 パラパラめくたりしたが取る物も取り敢えず撮影して来た画像データをMacに移し、「にしおかすみこ」のフォルダに保存してから『フリンジ』の返却に向った。返却をしコンビニによって買い物をした帰り道、目黒川沿いで今撮影を続けている日中シンクロでの植物の写真の被写体を発見ししばしCX3で撮影。
 4時少し前、妻と怜王が帰って来た。遠足が楽しかったようで、顔がキラキラしていた。ご飯を食べてお風呂に入って9時過ぎに妻に絵本を読んでもらって眠るまで、とても楽しそうにしていたことはとても珍しいことのように思えた!
2010年10月22日(fri)  No.394

10月21日

 昨日妻が変則的に夕方からの仕事で、帰宅が零時を回っていた。いつもは妻といっしょに寝ている怜王だが、今日はいつもの場所に僕が寝た。妻の帰宅は零時を回っていて、僕もすでに眠っていたが目が覚め、すぐに眠ると妻が言ったので僕も眠った。5時半過ぎとなりに寝ていた怜王が目を覚まし「といれ…」と言って、ひとりでトイレに行った。
 このまま起きてしまうと辛いことになるので、もう少し明るくなるまで寝ていようと言うと案があっさり聞き入れてくれて眠りについた。
 6時過ぎ起床。怜王は7時過ぎまで眠っていたが、むっくり身体を起こし僕がいるキッチンを見て目が合うと「にっ!」と笑ってリラックマをもって起きてキッチンにやって来た。
 リラックマと言えば昨夜寝る前に「かみちょうだい」と言うのでファックス用紙を渡すと、何やら書き込んでいてしばらくして「これ」と言うので書いたものを見るとリラックマからの手紙であった。
 見にくいので読み下してみると「NO.02 リラックのてがみ  ぼくはねてるよ でもすいません ごめんね よる リラックマより」と書かれている。深夜に帰って来た妻が見て「可愛い!」と言った。多分リラックマに自分を置き換えて、妻宛に出した手紙に違いない!それにしてもトップの「NO.02」とは何だろう?二通目のと言う意味だろうか?
 今朝はかなり寒く、微かに雨が降っている音がした。起きてからキッチンの窓から外を見ると、霧雨のような感じで降っていて地面はしっとりぬれていた。
 昨日Y出版社のYさんより急な仕事依頼があり、今日その撮影をすることになった。いつもは二三週間前に連絡があるのだが、急遽決まったのであろう。
 僕は名古屋から上京するTさんと会う予定(時間も場所も何も決めていなかった)があったが、Tさんはまた上京する機会もあると言うことで今日はお会い出来ないとのメールを昨夜送信した。
 その急な仕事とは南野陽子さん(http://www.kdash.jp/profile/kdash/minamino/)のインタビュー撮影で、帝国ホテルタワーのレンタル会議室で行なわれる。同出版社からは明日も同様のインタビュー撮影(お笑いタレント)が入っていて2日連続Y出版社の撮影と言うのも珍しい。
 さて起きて来た怜王はリンゴジュースを飲み終えると、そそくさとプレステのスイッチを入れFFVIIIをはじめた。このゲーム僕が好きだったゲームでど5歳児(来月19日で6歳!)がいとも簡単にやるのだが、ゲームどうように音も好きなようで「ふぁいなるふぁんたじー いいおんがくだよね!」と何度も言っていた。
 確かにFFIIIの音は素晴らしく、中でもフェイ ウォンのアイズ・オン・ミー(http://www.youtube.com/watch?v=KDGMU6sdVBE)は大好きな楽曲。ファイナルファンタジーもそうだが、僕が中学生の頃に聴いていたビートルズなども時折かけると「いいおとだね」とか「のりのりだよ」などと言う。音の好みは、DNAかも…。
 8時50分やっていたFFIIIを指さして、「おとうさん せーぶしておいてね」と言って、妻といっしょに幼稚園バス乗り場へ向った。FFIIIをセーブしてから今日の撮影の支度をし、2時少し前撮影機材を持って部屋を出た。雨は朝とかわらず、微量ながら降り続いていた。
 目黒から山手線で有楽町駅下車で、帝国ホテルタワーまで徒歩7分ほど。タワー入り口でY出版社編集部NYさんライターのMYさんと合流し、15階のレンタル会議室「萌黄」へ。南野さんが前の取材が早く終了したようで、予定より早めに取材場所まで行っても良いかと言う連絡がライターのYさんに入りタワー入り口までYさんが迎えに行く。
 そしてすでに撮影する場所を決めライティングが済んだところに南野さんとマネージャーの さんがやって来た。到着してすぐマネージャーが「さきに撮影をしてから…」と言う話しをしたが、インタビューカットは先に撮ると言うことは出来ず話しをしたのでどう撮ったら良いものか一瞬思案したが、ご本人の言葉がそのあとあってその真意理解したので南野さんの”意図にのっとり”撮り撮影しのの5数分ほどでアップした。今までで最短の撮影時間と、カット数(もちろん撮れていることを確認済み!)であった。
 インタビュー自体は1時間強行ない、4時15分過ぎ終了。その間僕はやることがなく、ただひたすら南野さんの声に耳を傾けたのである。
 5時少し前帰宅。妻が横になっているのでどうしたのか聴いてみると「おなかが痛い…」と言う。最近腹痛を訴えることが多く、先日整腸剤を購入したばかり…。まだ効き目がないようである…。
 と速効で撮影して来たデータをと思ったが、明日は幼稚園の遠足で妻と怜王はで朝早く出かけなければならない。つまり遠足に行く時に持って行くおやつや、お弁当の食材などを購入してこなければならないということ。
 機材をおいて大鳥神社向かいのマルエツへ行き、お菓子類やおいなりさん用の味付き油揚げなどを購入し帰宅。帰宅後間もなく妻が復活しMacに向いはじめたので、ひとまず安心!早速撮影データをMacに移し、少々明るさを整えてからアーカイブを作成しデータ便で納品完了。
 夜になって明日の朝いつも幼稚園に行く時間より早い出発なので、作りおき可能なお弁当制作をはじめる。お弁当はおいなりさん(ふたりに)怜王の希望で焼きおにぎり、妻には鮭のおにぎりは作りおきで冷蔵庫に…。
 おいなりさんだけ朝作ろうと思い酢飯にした状態で熱が下がった時点で器に入れラップをし、冷蔵庫に入れずにキッチンの流しのあたりに置いた。だがしかし、明日の朝いつものような時間で怜王は幼稚園に行くわけではなくいつもより30分以上早く部屋を出なければならないという現実を考慮し作りおきにすることに急遽変更。
2010年10月21日(thu)  No.393

10月18日

 今朝もまた早朝5時半に、となりの部屋で妻と寝ていた怜王が起こしに来た。毎度のことだが自力で起きるのであれば何と言うことはないのだが、起こされるのは少々辛い…。もう少し寝ていようと怜王を説得するが、「ひとりで といれいったよ」などと言うので仕方なしに起床しキッチンへ行きリンゴジュースを飲ませた。
 今日は妻の仕事の都合で、変則的な幼稚園の送り迎えをすることになっている。それは妻が幼稚園バス乗り場に怜王を送るのではなく直接幼稚園へ送り、僕が幼稚園に怜王のお迎えに行くという感じ。
 たいして変則でもない?が問題は先日港北のIKEAに行きテレビ台付きの棚を購入しそれが今日届くことになっていて、届けられる時間が9時から2時の間にというところが厄介なのだ。
 つまり今日は天気が良いので撮影にと言うわけに行かないところが困ったところで、怜王のお迎えが1時半と言うのも微妙で1時過ぎまでに荷物が届かない場合どうしようという微妙なことに頭を悩ませているのだ。
 8時50分過ぎ妻が怜王を連れて幼稚園に送り仕事に出かけた直後、IKEAの配送の人から「お届けの時間ですが、11時から1時の間に伺う予定です」という連絡が入った。撮影に出られないのはともかく、1時までに来てくれると言うことで怜王のお迎えは余裕行けるということで少々ほっとした。
 荷物が届くまでの間、銀座写真塾の撮影実習で撮った写真のプリントをはじめる。12時になろうと言う頃IKEAから荷物が届いた。プリントも終了したことで、CX3を持ち撮影に出、1時20分過ぎH幼稚園へ怜王を迎えに行った。
 幼稚園は園バスを待つ子たちや、園庭でサッカーなどをしている子たちであふれていた。怜王はと言うと数人の子たちとサッカーをやっていて、ちょうどボールを蹴ってゴールしていた。その直後僕の存在に気がついて駆け寄って来た。
 担任のS先生と期日が迫って来たテーブルマナー担当のN先生などと、怜王の食材のアレルギーについて少々立ち話をし帰宅。
 妻が帰宅ししばらくしてから「今日は鍋にしよう キムチ鍋がいいかな」と妻が言うのでキムチと豚肉その他食材を買いに出る。もちろんCX3をポケットに入れて。
 緑の多い目黒区民センターを抜けて、山手通りの付近の裏通りを歩き撮影をする。そして大鳥神社前のスーパー・マルエツで買い物をし再び写真を撮りながら帰宅。帰宅後チェクしてみると、最低でも2カットは気に入った植物の写真があり嬉しい。帰宅後撮って帰った写真を整理セレクトし、即加工して『植物頌』のフォルダに入れ保存した。
 4時半過ぎDRUG創刊メンバーの横川さんからメールが入り、横川さん側の参加人数が20名になったことを知らされる。僕の方は34名で大嶋さんが2名ということで、DRUG20号の寄稿者数は56名。文字原稿は作者のプロフィールくらいなので、トータル120ページほどになるであろう。 あとはDTPのNくんが緻密かつ迅速に処理出来るかだが、10月末日を目指していたがすでに今日は18日。プルーフ(色校正)をチェックしてから印刷終了までおよそ2週間かかるので、おそくとも11月頭には完成するであろう。
 コンセプトを固め1年越しで寄稿者集めをして来たので、今回ほど刷り上がりが楽しみな号はないのである。
2010年10月18日(mon)  No.392

10月17日

 5時半過ぎ、怜王が起こしに来た。昨日は銀座写真塾の撮影実習で六本木の街を撮影し、そのあと恵比寿に出て塾生数名と懇親会を駅近くの居酒屋で行なっていたので帰宅は10時半過ぎ。
 部屋に入ると、ヤフオクで落札した写真集が届いていた。その写真集とは、山村雅昭(やまむら がしょう)さんの『花狩(はながり)』。
 あまりに高額?(1988年発行\18.000)なため、当時購入がはばかれた。前回ワークショップ曽根塾のテーマが『写真集を見る』で、塾を仕切ってくれているKさんが所蔵のたくさんの写真集を持って来てくれその中に山村さんの『花狩』があって、写真集のページを開くたびに胸が苦しくなるくらいのパワーを感じもう写真集は買うまいと思っていたが、どうしても自分ひとりで『花狩』の全貌を見たくなり探し始めたのである。
 探し始めてすぐにヤフオクで\3500という低価格スタートの『花狩』を見つけずっとウオッチをしていた。そしてオークション終了5時間前に入札したがだれとも競り合うことなくそのまま落札!
 ハードケースは多少のすれはあるものの、中の写真集自体は新品同様(写真集のサイズはいわゆるレコードで言うところの”LP”サイズ)でとても奇麗な状態!11時過ぎ妻が寝たあと、じっくり見入っていたら12時半を回ってしまっていた…。そんなわけで5時間ほどしか眠ていなく眼がちくちく痛かったが、そのまま起床した。
 さて今日は日曜日だが、D小学校の学校説明会がある日。前回T小学校に公開授業を見に行った時、必要だと思ったスリッパを買っていないことを思い出したので近くのスーパーまで買いに行く。朝寒く感じたが、昼近くになるとTシャツでいられるほど外は温かかった。
 梅雨もいつ終わったかも分からないまま信じられないほど暑い夏が過ぎ、そして10月半ばを過ぎても温かく台風もこない今年は妙な年である。
 12時45分、家族全員でD小学校の平成23年度・新入生対象・保護者説明会へ。校長先生というと年配の人を想像するが、D小学校の校長先生はは40代と思われるほど若い。公開授業のときもコンパクトデジカメを持ち記録写真を撮っていて、とても行動的できびきびし尚かつ優しそうな感じ。
 校長先生は撮影した写真をパソコンを使いながらスクリーンに映し、子どもたちの様子や給食や授業(課外授業も)様子などを見ながら教育目標を話し、子どもたち、保護者、教員、地域とのつながりなど分かりやすく説明。あっという間に1時間が過ぎた。
 2時説明会終了後個人的な話しも他の先生も交え出来ると言うので、一番知りたい登下校時どこどの門をメインにしているのか閉鎖する門があるのかどうかを聞いてみた。
 それはD小学校には北側に正門と北門のふたつ南側に南門と3つ門あり、南門から小学校には入れるのなら自宅から3分ほど、もし正門(北門)からしか登下校が出来なければ10分ほどとまったく時間が違って来てしまうからだ。
 結果は正門と南門は登下校時は開いていて、下校時は北門を閉めるという。つまり自宅から一番近い南門が開いているということで、望み通り信号なし横断歩道なしの最短距離で行けるということになり酷暑の中”引越荷踏み切ったかいがあった”と思った。
 帰宅後、妻は買い物に。怜王はゲーム三昧。僕はパソコンに張り付き、銀座写真塾の撮影実習で撮影した六本木の画像データをセレクトし加工することに集中。塾生同様僕も10点プリント(8×10 月光グリーンラベル)し、次回最終講義に持参し塾生に見せるためである。
 銀座写真塾もともとコダックフォトスクールからコダック他撤退するにあたって、「銀座写真塾」と名称を変えて発足した写真教室だが、今回はまだまだコダックフォトスクールの名残りがあり、形態をそのまま引き継いだ形で行なわれたが、来年1月からの「銀座写真塾は」2011年曽根教室第1期生募集と言う形をとることにした。
 それは今までは2ヶ月ほどの日程で年3回開催であったが、6ヶ月(講義撮影実習含めて12回)で年一回と形式を改めた。これはアマチュアのスキルアップだけにとどまらず、これからプロを目指そうとするひとたちをもカバーしてより実践的に写真と取り組める環境を作りたいと思ったからだ。
 夜になって「きょうは おとうさんと おふろにはいりたい」と言うので「ちびまる子ちゃん」「サザエさん」と毎週見ているアニメを見せてからいっしょに入った。
 僕はゆっくり湯槽につかってと言うタイプではなくどちらかと言えばシャワーで十分なのだが、怜王とお風呂に入ると浴槽で話しをしながら遊びながらと言うことで長湯になるのでいつもと違う感じがありけっこう楽しいのである。
 今日のD小学校での説明会で分かったことだが、学校は唖差8時15分から25分の間に登校し30分から授業が始まり、1年生は5時間(1時間のうちの授業は45分)授業で、普通に終わると1時半には下校となる。つまり幼稚園より30分早く帰宅体勢になると言うことで、小学生になっても1年生の間は時間に追われた毎日が続きそうだ…。
2010年10月17日(sun)  No.391

10月14日

 激しい雨が降る音で目が覚めた。枕元の携帯を見ると、2時50分…。久しぶりに聞いた激しいの音は眠りを阻み、5時40分過ぎに起床するまで1時間おきに目を覚まさせた…。
 昨日は思いがけない好天で撮影もある程度思うように進められたが、今日はどうだろう?雨であれば撮影に出るつもりはないが…と思いつつネットで天気予報をチェックすると、昼から夕方にかけてはれマークが出ている。上手く行けば撮影可能かも知れない。
 さっそくCX3/GRDIIIのバッテリーの充電をはじめた。そして怜王のお弁当を作ろうと思っていると、目を覚ました怜王がキッチンへやって来た。時計を見ると6時半。涼しくなって起床時間も遅くなり、良く寝てくれる(9時間半)ようになって助かる。
 8時50分過ぎ、妻が怜王を幼稚園バス乗り場まで送りに行った。そしてお母さんたちと立ち話でもしていたのだろうが、仕事に行く時間が迫って来てので携帯に電話を入れた。電話に出た妻の背後に子どもの泣く声が聞こえたと言うことはまだバス乗り場にいるのだ。時間のことを知らせ、電話を切った。
 早々に帰って来た妻は、慌ただしく仕事に出かけた。今日怜王はあずかり(預かり保育)で、妻が4時にお迎えに行くと言うことで10時半過ぎGRDIII/CX3を持って撮影へ。今日は小石川植物園(http://www.bg.s.u-tokyo.ac.jp/koishikawa/KoishikawaBG.html)へ向ったのだが、都営三田線の白山が最寄り駅で目黒は三田線も通っているので乗り換えなし。つくずく思うのだが、目黒駅は、どこに行くのも交通の便が良い。
 昨日の自然教育園同様あまり花は咲いていなかったが、それでも手応えを感じつつ撮影を進められ、暇そうな猫とも会えたしクモの糸で微妙に宮中で静止している葉も撮ることが出来たのでほどなく植物園をあとにし、小石川植物園周辺の街を歩きスナップして1時半帰宅。
 この時間になって陽が射して来たので、遅い昼食を軽めにとり早々に2時少し前部屋を出た。今度は自宅マンション周辺だが、方角的には恵比寿周辺へ。親子連れが3組ほど通過し後ろに歩いていたお母さんが軽く会釈をしたように思えた。
 だれだったかな…そういえばカバンの色が怜王といっしょ、ということは同じバス停から乗るH幼稚園の園児たちで毎日妻が送り迎えの時にいっしょになる人たち…。カメラを持ち被写体を探して歩いている最中で回りの人たちに注意を払っていなかったが、時計を見れば2時過ぎ…。お迎えの時間なのであった…。
 D小学校の裏手から、三田方向へ路地裏を歩く。坂道が多く起伏のあるこの一帯には、信じられないほど路地裏に植物の棲息を見る。小石川植物園の10倍ほどの量を撮影し3時半過ぎ帰宅。3時50分、妻といっしょに怜王が幼稚園から帰って来た。おやつをたべて牛乳カルピスを飲むと、おもむろにベイブレードをはじめた。
 最近力が強くなって来ていて、シュートするとスタジアムから飛び出してしまうので今朝段ボールでフェンスを作ったのでそれを試したいのである。これでフローリングもいたむこともない(ベイブレードの本体は金属で重い)し、いくら強くシュートしても安心である。
 夕飯を食べたあといつもは妻といっしょにお風呂に入る(誰といっしょにと言うのは決まっていない)のだが、昨日からの約束で僕といっしょに入ることに。怜王的には「おとこどうしで いい!」のだそうだ。
 身体を洗って髪ををシャンプーして浴槽に浸かり、ボールで遊んで水鉄砲で対戦をし、仕上にお湯を頭から何回もかえられた。それでも楽しお風呂なのであった。
 お風呂から出ると寝る時間も迫って来ているが、寝る前の儀式?としての幼稚園から借りて来た絵本の読み聞かせとなる。
 今日怜王が借りて来た絵本は「ペンギン ほっきょくへゆく(http://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=4030)ジャック・デュケノワ作、おおさわ あきら やく」で上手に友情のことが描かれていて楽しく(知らないストーリーは、読み手楽しいのである)読んであげられたと思う。
2010年10月14日(thu)  No.390

10月13日

 5時過ぎに目が覚めた。このまま起きても良いかなと思ったが、外がまだ暗いのでそのままよ気になっていたら深い眠りに落ちてしまった…。
 6時過ぎ目が覚めたので、そのまま起床。これでも早いと思ったが、実は昨夜10時過ぎには眠ったので僕としては破格の8時間睡眠。身体がだるく感じるほどで、やっぱり5〜6時間睡眠が、自分には合っているかも知れない。
 間もなく怜王が僕が起きたことを察知?したのか、すくっと身体を起こし例によってリラックマを持ってキッチンにやって来た。 
 今朝の怜王は食欲がないようで、リンゴジュースを飲んでしばらくして牛乳を飲んだだけでご飯を食べずに8時50分妻に連れられ幼稚園バス乗り場へ…。お弁当はしっかり作って持たせたが、全部食べて来るかどうか疑問である。
 ここ数日咳をしたりしているので、のどがイガイガして固形物が通らないのかも知れない。少々気になるが幼稚園から帰って来たら大橋のアレルギー内科のある病院へ行く日で、山王病院の頃からすずっと診察してもらっているS先生に見てもらえるので安心ではあるが…。
 10時半過ぎ、CX3/GRDIIIを持って撮影に出る。最近は表通り(目黒通り)ではなく裏道を歩きながらJR目黒駅方面へ行くことをよくしていて、今日も自宅マンション裏手から住宅街を進み、上り坂をあえて歩いたことのない路地を探しながら歩く。
 そして目黒駅近くの陸橋を渡り品川区上大崎二丁目へ出て、権之助坂で分岐した312号線を進み庭園美術館(http://www.teien-art-museum.ne.jp/index.html)を越えとなりの自然教育園(http://www.ins.kahaku.go.jp/)へ。ちなみにJR目黒駅は目黒区ではなく、品川区なのである。
 7月28日アップしたリコーのHP(http://www.ricoh.co.jp/dc/)「Photo Style no.19」で日頃実験的に撮影データを取っていた日中シンクロ写真を発表して以来、スナップと平行して植物を日中シンクロで撮影することを精力的に行っている。
 先日千葉の実家に怜王を連れて帰った時も、妻と父が話しをしているのと母と怜王が遊んでいる間に近くの空き地へ行き1時間ほど撮影。昨日も目黒不動公園近辺の住宅街を縫うようにに歩き、撮影をした。
 さて今日は自然教育園だが、15年ほど前に撮影に行ったときは植物の葉(breath)を撮影していて比較的多く作品を残せた場所だが、花となるとあまり見かけない。どちらかといえば、森のような感じで樹木が中心の場所。
 がともかく街中で見ることが出来ない花があるのではないかと園内を歩き回ったが、収穫は2カットほど…。となりの庭園美術館は休館日で、庭にも入れないので少々がっかりした。
 だがしかし僕がイメージするのは”都市に棲息する植物”たちなので、住宅街を歩き回ることの方が植物たちと出会える確率が高いのでともかく路地を歩き回るのである。
 12時過ぎ帰宅前にドラッグストアに寄り最近腹痛を訴えることが増えた妻に整腸剤、最近こむら返り(朝起きる直前発症することが多い…)や足がつったり(同じ場所にずっと立っていたりする時に発症することが多い…)することが多くなったのでネットで効果のあるサプリメント検索すると「カルシウム/マグネシウム」が良さそう(本当かウソか、バナナを食べると足をつらなくなると言う記述もあった…)なので購入し帰宅。
 2時過ぎ、妻が怜王を連れて大橋の病院へ。僕はと言えば少しだけ時間をずらし、再びカメラ(CX3のみ)を持って街の散策へ。ラッキー?なことに金曜日まで仕事が入っていないので、妻は怜王を病院へ連れて行ったり大変だが…この時間を有効に使わせてもらって写真を撮ることに費やそうと思っている。
 目黒川沿いを中目黒方向へ歩き、中目黒公園へ。園内を1時間ほど撮影し、公園周辺の住宅街をジグザグに歩き回り、4時過ぎ帰宅。速効でセレクトをし、日中シンクロの植物の写真をファイルしている『植物頌(しょくぶつしょう)』へ画像データを保存。
 夕飯のあと何気なくリコーのHPのソフトウエアのダウンロードを見ると、10月8日付けでGRDIIIのファームウエアがダウンロード出来ることに気がついたのでファームウエアをアップする。
 今回のファームウエアのアップのメインは『シーンモードに「ハイコントラスト白黒」「クロスプロセス」を追加』で、「ハイコントラスト白黒」つまりモノクロフィルムを増感してコントラストを高め荒れた感じ再現すると言うもの。いわゆる初期の森山大道的な画像をGRDIIIで再現出来ると言うものと、「クロスプロセス」通常見ているような色味ではない再現をさせる機能だ。
 銀塩で言うところのハイコントラストで粒子を荒らした写真は僕個人はもう撮らない(銀塩の頃嫌と言うほどやったので…)と思うが今の若い子たちにはうけるだろうし、「クロスプロセス」は使い方アイディア次第で面白い写真が撮れそうな気がした。
 8時過ぎ怜王は妻とお風呂に入り、出てから幼稚園で借りて来た絵本「」を読んであげる。いわゆる「読み聴かせ」というやつだ。絵本は読んだこともあるものもあるが、僕が記憶している絵本はほとんどない。
 つまり読み聞かせをすると言うことは、僕自身が新しい物語を体験することでもありとても楽しいことなのである。ゆっくり物語の流れをつかみつつ、読み上げるスピードやセンテンスの切り方などに気を使いつつ最後まで…。
 読み終えると怜王はほとんどふらふらな状態ではあるが、最後の言葉を振り絞るように「ここがかゆいんだよね…」と右足のくるぶしを指さした…。触ってみると取り立ててカサカサしているわけではなかったが保湿剤をぬりつつ、肘やかかとひざなどの関節部分にヒルトイドソフト(保湿剤)をぬってあげるとあっという間に眠りに落ちて行った。
 今夜は6時過ぎくらいからとなりの部屋のベラルーシの家族の男の子(4才くらい?)が大声でエキサイトしていて、怜王が眠った9時過にもまだ楽しそうに絶叫している声が聞こえていて平和な気分(同じ部屋にいる両親は困っているだろうが、となりの部屋の僕らはワンクッションおかれた状態なので楽しそうなエッセンスしか入ってこない)がした。
2010年10月13日(wed)  No.389

10月11日

 昨日は雨の1日になると思っていたが意外にも天候は早く回復し、昼前から好天(少々蒸し暑くもあった…)になった。両親のいる幕張の実家に怜王を連れて行こうと思っていて8時過ぎに連絡をしたが、電話に出た母が「そっち(目黒)はどうかわからないけど、千葉は大雨がふるって言うから月曜日の方が良いんじゃない?」と言うので母の言う通りにすることに。
 そんなわけで昨日は1日怜王といっしょに、プレステのファイナルファンタジーXIIを交互にやった。ビジュアルが美しいのを発売当時のテレビで見ていつかやってみたいと思っていたが、RPG好きの僕としては大満足な作品と言いきれる仕上がりであった。
 くしくも今日「FFXIII(http://www.square-enix.co.jp/fabula/ff13/)」TVCFでFFIIIのソフト発売の映像が流れたようで、それを見た妻が「すごい!実写みたい…」と感動していた。やってみたいなと思ったが、ソフトはPS3用とXbox用で…PS2しか我家にはないので怜王が色めき立っても微妙な感じ…。
 5時45分、怜王が僕が寝ている部屋にリラックマといっしょにやって来た。相変らず早起きで、僕より先に起きたときはご機嫌なのであった。しばらく布団の中で話しをして、6時になったところでいっしょに起床しキッチンへ。
 いつものようにリンゴジュースを飲ませると、「おとうさん おとちいさくするから ふぁいなるふぁんたじーやっていい?」と言うのでそのままやらせた。
 僕はゲームをやっちゃダメと言うことは、言ったことがない。ただテレビの画面に近づいてやったり部屋がくらい状態でやったりすることだけ注意をした。3才くらいのときはいくら言ってもテレビ画面に近づいてやったり、パソコンもじっとモニターによってやっているときだけ注意した。
 思うにテレビでゲームをやったり、パソコンっをずっとやったりしても、眼が悪くなると言う要素は生まれながらのもので、取り立ててやったからどうのと言うことはないように僕は思う。
 と言うのは僕自身中学生くらいから本を大量に読み始め、高校の通学(千葉の幕張から東京の巣鴨まで)往復3時間くらいだったので、1日に1冊文庫本を制覇していた。それを3年やっても視力は低下しなかった(当時普通に2はあった)。
 そしてテレビゲーム(任天堂のファミコン)が出てすぐに購入し、サルのように「パックマン」や「ゼビウス]そして決定的だったのが「ドラゴンクエスト」が発売された時からどっぷりゲーマーになった。
 ファミコンばかりしていたが知り合いがドラゴンクエストの攻略本を作る会社(アスキー)にいて、自宅でテレビ画面をすぐに撮れるようカメラを三脚に乗せ攻略本の手伝い(自分でゲームをして、バグやその他どこに何があるのかなどすべてを写真で記録した)などもしていた。
 つまり人一倍テレビ画面を見て、それも撮影する関係でくらい状態でテレビ画面を見ながら何年もいたのに、僕の視力はほとんど悪くなることはなかった。
 数年前から老眼が来てしまったが、通常眼鏡をかけるまでもなく普通に毎日を過ごせるくらい僕の眼は視力の低下は抑えられた状態。
 そんな今日、幕張の実家に怜王を連れ家族3人で帰った。母はいつも元気なのだが、父は自分から「頭の上からさ、視力が良くないだろう、それに耳が今ひとつで右耳はあまり聞こえないんだよ。それに鼻は昔から鼻炎でさ…。でも10月6日で84なんて、信じられないね。親父は50代で死んだし、俺のひとつ上の兄貴も今の俺の年の84で昨年死んだからね…」
 「いつだったかな…、寝ている時に誰だか分かんないけどあと3・4年でお迎えが来るよ」と言うような意味合いの夢を見たけど、自分の親父の死んだ年も越えたし、兄貴の死んだ年も越えた。目も耳も鼻も内蔵もだんだん衰えて来ていることは実感出来るけどよ、3・4年でお迎えが来るよと言う言葉はそうなのかなって思ってるんだよね」と父は言った。
 死についてのコメントはなるべく避けつつではあったが父が現実的に自分自身が84才になり、目も耳も鼻も今までの自分の普通だと思っていた状態から、ゆっくり低下し年齢的にそろそろお迎えが来るかも知れないと言うことを口にし始めたのは今日がはじめてであった。
 確か父が80歳になった時「70才代のときはあまり感じなかっけどよ、80を越えたら身体のあっちこっちで手も足も眼も耳も思うようになってくれないんだよね…」と言っていことを思い出した。
 4時過ぎたくさんのことに思いを巡らせつつ、千葉の実家をあとにJR幕張駅に向かった。今日は親父の話しも沢山聞いたが、時間を見て実家からすぐ近くの広場にCX3を片手に撮影に出た。思いがけず撮りたいと思っていた写真が良い感じで撮ることが出来、嬉しく思った。
 今まで住んでいた都立大学より、目黒の方が幕張までの移動時間は数段早い。数段と言うのは、30分ほど短縮された感じ。目黒駅のアトレ内の書店で怜王が欲しいと言う絵本を買い、今日は特別外食をして6時過ぎ帰宅した。
2010年10月11日(mon)  No.388

10月9日

 昨夜怜王を寝かしつけようと妻が悪戦苦闘している時、「ねるの すきじゃないんだよね…」と怜王が言ってる声が聞こえた。この言葉、まさに僕もそうで、僕の心情としては毎日寝るというのは「仮に寝る」つまり「仮眠」であり、本当に寝ると言うのは「死」であると思っている。
 怜王が言うところの「ねるの 好きじゃないんだよね…」は、5才の怜王の気持ちを完全に理解しているとは言わないが、意味合い的に理解出来る。
 つまり寝なくても身体が持つのであれば寝ない方が良いし、もし眠るとしても睡眠時間は少しでかまわないそう思っている僕の感性と一脈通じるところがあるように思えるのである。
 ちなみに寝ることが楽しいとか幸せとかというニュアンスは、まったく僕の中にはない。本当に疲れて倒れるように眠るとき、消耗した体力が戻せる時間という認識で眠ることを意識する程度…。
 6時過ぎ起床。怜王は爆睡中。まずはメールのチェックをしたのだが、何とリコーMHさんからメールが届いて、その送信時間が早朝4時だった。今日は表参道ヒルズでGRD 5thということで「GR PARTY」が開催されるのでその準備もあって早く起きたのかも知れないが、それにしても早いメールで驚いた。
 7時過ぎ、怜王が起きて来た。開口一番、「あさごはんは たべれそうにない…」と言った。時間が立てばおなかも空くだろうと放っておくと、30分ほどしてから「やっぱり ぱんにれんにゅうつけてたべる」と言うのでフランスパンを切り練乳をぬって出しミルクを添えて食べさせた。
 7時半を過ぎた頃より、雨が降り始めた。ひと雨ごとに秋が深まる、そんな風情であろう。今日
は銀座写真塾の、講義がある日。撮影実習の日ではなくて良かった、そう思った。
 そう言えば今日10月9日は、ジョン レノン(http://www.emimusic.jp/st/johnlennon/)の誕生日。存命であれば、70歳。感慨深いものがあるが2000年のジョンの20周期のおり、息子のジュリアンが書いた声明文(http://www.barks.jp/news/?id=52215889)は強く印象に残っている。
 1時過ぎ、銀座車新宿の講義のため銀座へ向かう。目黒から山手線で、有楽町駅下車。まるで昨日のデジャビュのような感じ…。少々雨は降っているが、気持ちのよい雨である。
 2時より、前回撮影実習で撮影した作品の講評をする。今回集まった塾生のレベルは高く(写真を撮ることへの意欲が高いと言う意味)、見応えのある作品ばかりであった。4時半、銀座写真塾終了。塾生4名と、表参道ヒルズで行なわれている「GR PARTY」へ向かう。
 会場でリングキューブ館長のMHさん、KMさん、そしてプレジデントのKYさんに挨拶をしグッズなどを見て回るが、すでにイベントが終了したあととあって少々寂しい感じではあったが現在のリコーの勢いが感じられる空間であった。
 30分ほどでいて会場をあとにし、副都心線で渋谷に出て5人で居酒屋に入り2時間ほど懇親会をする。
 3連休初日とあって雨降りだが渋谷の街は異様に人出が多く、ハチ公前のスクランブル交差点は黒山の人だかり…。塾生と渋谷駅前で別れ、山手線に乗り込む。
 帰宅すると怜王はすでに寝ていたが、ベイ太2号をやりに新宿に行き帰りにベイブレードの新作「グラビティペルセウスAD145WD」と「ポケモン図鑑」を勝ってもらったようで楽しい1日だったようだ。
 と日記を書き終わりアップしようとすると、ys-ode.netが機能していないことに気がついた…。そして同じサーバーで機能しているメールも停止もペンディング状態…。
 5年ほど前から個人でサーバーを管理している知り合いの好意でネットをつなげていたのだが、そろそろ自分たちでサーバーを管理しなくてはならないなと妻と話し合う(サーバーは10日の19:00頃無事復帰)。
2010年10月09日(sat)  No.387

10月8日

 6時過ぎ、となりの部屋で妻と寝ていた怜王が起こしに来た。僕より先に起きたことがちょっと誇らしげな感じで、「おとうさん おきてなかったね!」などと言った…。
 ここ数日日中は暑くまだまだ夏っぽい感じだと思うが、朝夕はさすがに秋らしくなって来ていた涼しく、もう少し寝ていたいところだが起こしにこられては仕方がない。いっしょにキッチンへ行き、冷たい飲み物を(グレープフルーツジュース)飲ませた。
 起きてしまうと、やることはたくさんある。まずは怜王のお弁当作り。今日は一昨日作って冷凍しておいたスイートポテト(サツマイモを牛乳と砂糖を入れ煮込んだモノ)とミートボールをおかずにし、ご飯を入れてごま塩をふって出来上がり。
 8時50分過ぎ、妻といっしょに幼稚園バス乗り場へ。帰宅した妻は10時過ぎ、用事があって渋谷へ向かった。直後J-WAVEからレディオヘッドの「CREEP」カバーをした名前は聞き取れなかったが女の子の音源が流れた。 
 懐かしい曲だなと思ったら本家本元のレディオヘッドの音が聴きたくなっYouTubeでチェック。やはり良いな(http://www.youtube.com/watch?v=BDYplfRqg0o&feature=related)と久々に感動!
 沢山聴いて行くうちに、椎名林檎がカバーしたヴァージョン(http://www.youtube.com/watch?v=q4y3rkiiQHs&feature=related)に行き着く。すべてレディオヘッドのコピーで目新し感じはないが、僕だけが知らなかっただけで椎名林檎のもう一つの一面を見た気がした。
 午後からの仕事の準備で機材のチェックをする。今日はカメラ2台手持ちという身軽な撮影だが、きっちりスケジュールが決まっているので、1時間半ほど気を集中しなければならない。1時15分カメラバッグを持って部屋を出る。
 目黒駅から山手線に乗り、有楽町駅下車で東京会館へ。今週頭にも撮影を行なった化粧品組合の関連会合で、ゲストである舞の海(http://talent.yahoo.co.jp/pf/profile/pp6487)さんの講演会(昨年は”キッチュ”こと、松尾貴史さんだった)の撮影である。
 舞の海さんは大学卒業後教員免許も主取得しているだけあって、とても知的な話しでとても面白く思えた。最近いろいろ問題の多い相撲界のことやどうやって173センチ以上ではなければ新弟子検査を通過出来ないのを出来たのかとか、最近の相撲界のあれこれを楽しく語りその講演は70分にも及んだ。
 面白かったのはご祝儀は基本的に6万であることや、勝ったあとにご祝儀を受け取る前に何かを切っているような文字を描いているようにも見えるしぐさは、相撲には昔から3人の神様がいるということで、「真ん中、左、右」と神様に挨拶をしていること。
 さらに御祝儀袋は名目ではなく、本当にお金が入っていることなどなるほどと思える楽しい話しばかりなのであった。
 6時少し前帰宅。夕飯は、怜王の要望でパスタ。たらこパスタ、ラー油高菜パスタ、三種のチーズのカルボナーラの三種類。怜王がたらこパスタで僕がラー油高菜、妻がカルボナーラ。美味しく食べて、みんなご機嫌であった。
 そう言えば自宅マンション近くの駐車場で一輪の彼岸花を見つけ撮影したのだが、目黒近辺で彼岸花が密集しているような場所ご存知の方ご一報下さい。宜しくお願いします。
2010年10月08日(fri)  No.386

10月5日

 いつものように怜王が起こしに来た。時間を見ると、6時くらいだと思っていたら6時45分…。家族全員いつになく、ゆっくり眠ったものだ。と流暢なことは言っていられない、遅く起きれば起きるほどやるべきことが詰まって来る…。
 「あさごはんは みーとぼーるがたべたい」と昨晩言っていた怜王だが、残念ながら買い置きはないし豚の挽肉もないので「豚肉の甘酢あん掛け」を作ってあげるよと言うと「うん」と言ったので、まずはお弁当のおかず作りをはじめた。そして朝ご飯も「おべんとうといっしょのものがたべたい」と言うので出来たての豚肉の甘酢あん掛け」を食べさせると、「おいしい!」と大喜びで完食!
 8時50分、妻に連れられ怜王が幼稚園バス乗り場へ向かった。帰宅後妻は洗濯物を干したあと、慌ただしく仕事に出かけた。
 10時少し前先週入手したDP1XとCX3を持って、渋谷に向かう。目黒駅まで行く途中で昨日撮影した画像データを焼いたCDをメール便で発送し、山手線に乗り込んだ。今日は夏に舞い戻ったような陽気で、気温が上昇し日向に立っているだけで汗が出て来てしまうほど…。
 センター街やパルコ周辺を撮影し、帰りにビックカメラにより印画紙(「月光」グリーン・ラベル)を購入し1時過ぎ帰宅。
 帰宅すると昨日仕事でいっしょだったY出版Nさんより、8日の撮影スケジュール等の確認メールが届いていた。返信にメール便速達で発送したこと、問い合わせ番号などを書き送信。
 今日怜王は預かり保育で、4時少し前3に妻といっしょに帰って来た。妙ににこにこしていて、それに拍車をかけるように僕渋谷のブックオフで「ファイナルファンタジーXII」と「起動戦士ガンダム」の2本がお手軽な値段だったので購入して来ていたので怜王にプレゼント。
 「ファイナルファンタジーXII」は発売当時僕自身がやってみたかったゲームだったが、自分の性格からゲームをするとまず寝ずに3日くらい集中してしまうという予想がたつので…ゲーム禁止令を自分自身に枷せていてやっていいなかったゲーム。
 発売当初CGがとても美しくて、見たいなやりたいなと思っていたことを思い出しつつ購入したのである。
 怜王は大喜びでまずは「起動戦士ガンダム」をやったが、どうも詰めが甘くてゲームオーバーに何度もなってしまう…。5回くらいやられてしまってやむ終えず、「おとうさん ふぁいなるふぁんたじーやってもいい?」と言うのでやりたいようにやれば良いよと言うと「ファイナルファンタジーXII」をやり始めた。
 個人的にはファイナルファンタジーは「VIII(1999年発売)」つまり「8」が一番好き(つまり1から8までは、すべてやっていたことになる…)なのだが、「8」以降急速にゲームをやることから離れてしまいまったく分からなくなってしまったのだが、何気なくテレビCFを見ていた時に見た「XIII」のCGの素晴らしさとキャラクターの雰囲気にひかれいつかやってみたいゲームだと思っていたのである。
 もちろん怜王がゲームが嫌いで興味を持っていなかったらプレステもDSもやさせなかったが、どうもかな濃厚な遺伝(妻も僕もゲーマーである)のようで、ゲームが大好きなのである。もちろん遺伝的には色なケースがあるが、僕の遺伝子からはゲーマーだけではなく写真を撮ることが好きなものも供給?されたようで、日常的にも家族でいると僕も怜王も首からコンパクトデジカメをぶら下げ撮りまくっているのである。
 そんなわけで怜王はずっと「ファイナルファンタジーXII」をやり続けていたが、明日返却しなければならないDVDもあることで、ひとまず最後の1本メリル・ストリープ/エイミー・アダムス主演の「ジュリー&ジュリア(http://bd-dvd.sonypictures.jp/julie-julia/)」を見る。
 面白いのである。この作品は妻のセレクトで、僕はまったく知らなかった作品。もちろんメリル・ストリープやエイミー・アダムスは知っているが、この映画を借りて見ようと言うエモーションは個人的にはなかったので内容から受けるイメージには心洗われる凄さがあったように思う。
 もし僕が選ぶのであれば、ミケランジェロ・アントニオーニ、ジム・ジャームッシュ、ヴィム・ヴェンダーズといったかなり片寄った監督作品をセレクトしまうので妻に選んでもらうことは重要なことなのである。
 夜10時過ぎ、日本カメラ編集部のFさんから11月号掲載ページのPDFが送られて来た。文字校正をし、1ヶ所訂正をし返送。数分後訂正し直したPDF(最終校正)が送られて来たので、拝受した旨書き添え返信メールを送信したのである。
2010年10月05日(tue)  No.385

10月4日

 5時半過ぎ怜王が僕が寝ている部屋に来たので起こしに来たのかなと思ったら、「といれ…」と言ってトイレに入った。そして再び来るかなと思っていると、何も言わずに自分の布団で二度寝をはじめた。さすがに昨日の運動会での疲れが、とれていないようだ。
 僕もそのまま眠り、6時半過ぎ起床。怜王が起きてくる前に昨日の日記を書き、写真をセレクトしてアップ。
 7時過ぎれが起きて来た。そしていきなり「きょうのあさは ちゃーはん」と言った。そういえば昨夜「あしたのあさごはんは ちゃーはんがいい」と言っていたことを思い出した。さっそくニンジン、シイタケ、オクラ、豚肉などをみじん切りにしご飯をいれて炒め、小さな茶碗で型を取ってお皿にのせて食べさせた。
 自分から言い出しただけに、あっさり完食。満足げな顔をして「ほ〜ら すごいでしょ!」とお皿を見せた。そして「でざーと」と言うので、ヨーグルトを冷蔵庫から出して食べさせた。いつもどうり(今日は昨日の運動会の代休で幼稚園は休み)の朝の始まりである。
 そう言えば昨日おそらくたまごでつなぎをしているラーメンを怜王に食べさせたが、まったくアレルギー反応はでなかった!これで少しずつではあるが、食物制限を緩められると言うものだ。
 午前中T出版Aさんより25日26日に予定されている富山ロケ確認メールと、同社Kさんより文部省関連の新企画(絵本の読み聞かせについてのことが中心らしい)スタッフに僕を入れて(撮影)プレゼンをしたいとの依頼が入った。
 絵本の読み聞かせと言えば幼稚園も年長さんになると毎日絵本を幼稚園から借りて来て、夜寝る前に読み聞かせをすることをこの4月から続けているのでプレゼンが通れば個人的にも興味(リアルタイムなので!」)のあること。プレゼンが通ることを望む。
 1時40分モノブロックストロボ、デジタル一眼レフ等を持ち仕事に出る。今日は東京化粧品組合(http://www.tkkenpo.or.jp/)が発行する冊子のグラビア新春美女対談で「しらいみちよ(http://home1.netpalace.jp/shiraimichiyo/)」さんの撮影と言うことで、赤坂のホテルニューオータニ「なだ万」へ向かった。
 「なだ万」内で、Y出版社のNさんとライターのYさんと合流。進行状況と段取りを打ち合せし、ライティング開始。ライティングや撮影自体は難しいわけではないのだが、1時間の中でまったく違うライティングを3パターンやることが難しいのだ。
 まずテーブルを挟んでの対談をしている感じをアンブレラ2灯で撮影し、その後個々の表情を追ったライティング(2灯で天井バウンス)に、そして最後に撮影位置を変えてアンブレラ1灯メインと天井バウンス1灯でおふたりのツーショットである。ライティングを変えるたびに露出(F値)が変わらないよう、テストを数回行う。これで準備完了だ。
 4時少し前、時間どおりしらいみちよさんがやって来た。韓国の民族衣装のようなとてもあでやかなロングドレスで現れた時、異空間の瞬間移動したような感じがした。それくらい、斬新で神秘的な印象の出で立ちであった。
 テストを繰り返したライティングはどれも実践で生きる組み立て方だったので、撮影は順調に進行して行った。つまり計算はするが出来る限り自分自身に負担(体力的に)がかからないよう、シンプルに光をコントロールすることが重要なのである。5時過ぎ、すべての撮影を予定どおり終了。速効撤収し、帰路についた。
 5時半過ぎに帰宅と言うことで夕飯はまだだったので、撮影して来たデータをMacに移しフォルダに保存する作業を。この仕事写真のセレクトはクライアントが行なうということで、データを加工すると言う作業がないのも助かるところ。
 明日中にROMに焼いて、郵送素段取りを今日中につけておかなくてはならない。というのも今週9日も化粧品組合の仕事が入っているので、担当編集にその日の前に今日の仕事のデータを届けておきたいと思うからだ。
 そう思っていると7時過ぎ、「きょうは おとうさんとおふろにはいる」と突然怜王が言った。突然と言うのは数分前まで「おふろは あしたのあさはいる」と言っていたからだ…。そんなわけで怜王といっしょにお風呂に入り、8時前に上がらせた。
 上がらせたが怜王はだらだら起きていて、結局眠ったのは9時少し前…。幼稚園からは8時くらいに寝かせて下さいと言われているのだが、年長さんになってからあまり実現しない睡眠時間なのである…。
 怜王が眠ったあと、しばらくこの日記を書く。そして撮影して来た画像データをスライドショーにかける。いくらセレクト不要といえども、自分が撮影したカットは当然ながらすべてチェックしておく必要があるからだ。そしてデータをCD-Rに焼き、明日発送する準備を完了した。
2010年10月04日(mon)  No.384

10月3日

 昨夜11時過ぎに眠ったのだが、まだまだ眠り足りないと思っている頃怜王がリラックマを持って僕を起こしに来た。外はまだくらいがもう朝になったのかと思いきや、時間を見れば深夜零時半…。
 怜王は朝だと思って、僕のところにやって来たのだ。仕方がないのでまだまだ段ボールが山祇になっている部屋で怜王と二人で眠ることに。
 最初の1時間くらいは何事もなく気持ちよく眠っていたが、寝相の悪い怜王が復活し僕はしだいに端に追いやられ身動きが取れなくなってこれは参ったと思っていると、突然立ち上がったかと思うと枕の方に足を向けて眠りについた。
 気分的に逆さに寝たくなかったので、怜王を蹴らないよう用心しながら横になる。が蹴らないようには逆に僕が蹴られるはめになり…、早朝5時くらいまでほぼ1時間おきに蹴られたり押されたりで目が覚めるはめに…。それでも5時から6時まで爆睡することが出来そのまま起床した。
 さて今日は、怜王の通うH幼稚園で運動会がある日。9時前には幼稚園に到着していなければならないわけだが、余裕で8時45分部屋を出た。
 今まで住んでいた都立大学からであると、バス停まで行く時間と乗車時間そしてバス停から幼稚園までの時間をトータル(余裕を見て10分20分10分ほど)すると40分強。つまり8時過ぎには部屋を出なければならない。これだけをとっても現在住んでいる場所は、最高立地と言える。
 9時半運動かスタート。H幼稚園は始まると12時過ぎまでノンストプで進行し、子供たちも強行スケジュールに乗っ取り出ずっぱりでやるしかないので楽しい運動会ではあるが園児にとっては過酷1日のように思えるが、子どもたちはあっけらかんと楽しそうにこなして行くのであった。
 午前中の最後のプログラムの「おまつり、なるこ踊り、ドラえもん音頭」の時にぱりっと法被姿で登場するのだが、妻に着せてもらっているときの表情に出番前の張りつめた雰囲気が感じ取れ僕もやや緊張してしまった…。
 運動会んで過酷なのは園児もそうだが、親子ダンスや子との競争、お母さんだけのリズムダンスなどと出番の多い母親であろう。男親は「大玉送り」という競技をやるのだが、大勢でやるため取り立てて大変なことでもない。昨年の運動会はインフルエンザの関係で年を越してから簡略化された形で行なわれ、大玉送りはなかった(僕は仕事で行けなかった…)らしい。
 今日は午前中晴れで午後から曇りのち雨予報が出ていたが、運動会が2時半に終わるまで天候は快晴のまま。それに午後からはTシャツでいられるほど気温も上昇し、幼稚園最後の運動会は園児も親も先生もみんな楽しく気持ち良くやることが出来たのであった。
 昼過ぎから妻の友だちで怜王くんお気に入りのSちゃんがやって来て、お昼時間は園庭で4人でお弁当を食べた。ミートボールを3つ食べたものの唐揚げは口にせず、おにぎりは食べずジュースを沢山飲んでいた。
 午後2時半過ぎ、無事運動会終了。4人で帰宅。Sちゃんが帰った5時半過ぎ「たーめんがたべたい」と怜王が言うので、自宅から近い「楊州商人(http://www.whistle-miyoshi.co.jp/)」へ。
 僕は塩ラーメンとチャーハンのセット妻はネギラーメンで、怜王は「しおらーめん」が食べたいと言うので僕の注文した塩ラーメンから取り分けた。妻もネギラーメン(醤油味)から取り分けだが、どちらも美味しそうに食べていた。
 ラーメンの麺がたまごをつなぎに作られているものが多いのでなかなかラーメン屋には入れなかったが、最近てアレルゲンであるじゃがいもやたまご(特に卵白)にも抵抗力が出来て来ているように思えたので思い切って食べさせたのであった。
 帰宅して怜王の様子を見ていたが、取り立ててかゆくもならず身体にも症状は出なかった(嬉しい!)。明日の朝の様子を見て、何事もなければ神経質に食材(アレルゲン)に気を使わなくても大丈夫と言うこと。さてどうだろう。期待が大きい。
2010年10月03日(sun)  No.383

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