ys diary
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5月30日

 DRUG16号(夏号)の写真原稿募集を、今月25日に同人寄稿者に向けてメールを出した。今日を入れて後2日で5月が終わると言うことは、2009年も半分まで来たと言うこと。本当に月日が経つのは、早い…。
 そんな今日5月30日土曜日は、幼稚園はお休み。昨日から東急の屋上に行きたいと怜王が言っていて、6時過ぎに怜王は目を覚まし外を真っ先に見たが雨…。ネットで予報を見ても、今日明日は曇りのち雨…。まだ明日の方が雨は降らなそうだが、デパートの屋上はちょっと難しいかも…。
 さてこのところ僕のiBook G4は、朝夕怜王が使うことが多くなった。それは別にネットサーフィンをすると言ったことではなく、ディズニー・ゲーム(http://www.disneygames.jp/)をやるのである。
 最近は「にんてんどう でぃーえす(http://www.nintendo.co.jp/ds/)」とか「ういー(http://www.nintendo.co.jp/wii/)」あるいは「ぷれすて」などの名前を口にし、「やりたい」
などと言い始めている…。正直僕も妻ももともとゲーマー?なので、怜王がゲーム好きでもなんの不思議もない。
 がさすがに4歳なのでなるべくゲーム機は買い与えたくないので、「小学生になってその時にまだ欲しかったら買ってあげる」と購入の先送りしているのだがどうなるだろうか…。
 9時を過ぎた頃より予想に反して雨は上がり、曇天ではあるが出掛けられる状態になって来た。しかし怜王は僕のiBook G4でゲームに夢中で、もしかしたら今日はこのまま終わりになるかと思って気を抜こうと思った1時半過ぎ、「おでかけ する」「なにか あそべるところに いきたい…」と言い始めた。つまり渋谷の東急百貨店の屋上へ、行きたいと言うのである。
 どちらにしろ今日は怜王が言う通り渋谷東急百貨店の屋上へ行こうと思っていたので、雨も気になることで慌ただしく支度をして渋谷に向かった。
 東横線に乗り渋谷に行き、改札口を出てそのまま東急百貨店東館に入り屋上へ。まずはゴーカートを2回連続でやり、凄く遅いレールを走るレーシングカーに乗っていた。そしてゲームコーナーで「電車でゴー」をやるが、難解すぎて総合得点5点でがっかり…。 
 「電車でゴー」は難しいゲームであったが、東急百貨店の屋上の遊技場はおそらく2歳前後の年齢の子が一番エキサイト出来るような感じで怜王にはすでにおこちゃま的空間だったのではないかと思った。
 そのことはすぐに実行に出て「したのかいに ゆく」と言って、7階の玩具売る場へ僕らを誘導した。さらに昨日までまったく口にしていなかった「べいぶれーど が ほしい…」などと言い出した(毎朝ウイークデーに見ている「おはスタ」の後の時間帯に「メタルファイト・ベイブレード(http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/mf-beyblade/)」というアニメを怜王はしっかり見ていた…)のである。
 「ベイブレード」とは、「ベイゴマ」の進化したもの(http://www.takaratomy.co.jp/products/beyblade/)。つまり男の子っぽい、対戦型ゲームの個体なのであった。
 この場で買ってあげたいが、目と鼻の先の「LABI(http://www.yamadalabi.com/shibuya/)」へ行けばかなり安いはず。さっそく移動し、「ベイブレード」をゲット(定価680円が470円!)したのであった。
 その後西武百貨店B1の無印に行きいろいろ食品を含めた日用雑貨を、さらに帰りがけに「LOFT」の文房具で怜王に4色ボールペンを買ってあげた。絵を描くことが大好きな怜王ななので、キャップをしなくても良い(キャップをし忘れ、何本も書けなくなったペンが山ほどある…)ボールペンを購入し帰宅。
 それにしてもいろんなものに興味を持つのは良いが、怜王の場合どれも中途半端と言うか本当に好きで夢中になっているようには見えない。自分の場合はどうだったろうかと小さな頃のことを思い出すが、怜王くらいの年のことは記憶になく何も思い出すことが出来ない…。
 小学校くらいのときはどうだったろうかと記憶を辿ると、1964年の東京オリンピックがあったせいか鉄棒やマット運動に夢中になっている自分の姿が蘇って来た。そして野球にのめり、込みそのまま中学生に…。
 運動ばかりやっていたわけだが、中学校に上がる直前にいとこのHちゃん(3歳年上)がベンチャーズを聴いていてギターも弾いていた。もちろんギターは衝撃で、すぐに「ダイアモンドヘッド」と言う曲をベースに弾き方を教えてもらいストーンズやビートルズに始まりヤードバーズ、デーブクラークファイブ、ハニカムズ、バッキンガムズなどブリティッシュ系の音にどっぷり使い高校2年生くらいまでバンドづけだった。
 ということは今怜王が今いろんなことに興味を持つがどれも中途半端なように見える(2歳くらいの頃はクルマのことに熱中していたが、今はまったくと言って良いほど興味を示さない。それに大人が読むカーグラフィックも、今では手にすることもなくなっている…)ことはたいした問題ではなく、そのことで僕らは頭を抱え込む必要はないのかも…。
2009年05月30日(sat)  No.111

5月28日

 5時半過ぎ、ふと目が覚め怜王の方を見るとお腹を出して仰向けで寝ていた…。このところ早朝冷え込んでいて今朝もけっこうひんやりしていたので、慌てて掛け布団をかけてあげた。だがしかしその状態は10分ほどしか続かず、起き上がるように寝返りをうつと膝を抱え込むようにうつ伏せにまるまって眠った。
 再び布団をかけてあげもう少しだけ寝ようと思って横になると、怜王が乾いたような咳を何度かしたかと思うとそのまますくっと布団の上に座り込んで頭をかき始めた…。昨日は「こわい えいがのゆめをみた…」(映画の夢だと言うがどんな夢なのかは定かではない…)と言ってかなり不機嫌な目覚めで、それはほぼ1日続いた。
 やはりすっきり目が覚めてきっちりご飯を食べ機嫌良く幼稚園に行って欲しいと思っているが、今日はどうだろう?
 けっきょく、6時少し前に怜王といっしょに起床。寝起きに「ぎゅうにゅうかるぴすが のみたい」と言うので飲ませると、機嫌良く遊び始めた。これから幼稚園に行く9時過ぎまでのおよそ3時間、このまま機嫌が良いまま過ぎれば良いと思いつつお弁当を作る。
 今朝の怜王は朝ご飯はそこそこ、機嫌はどちらかと言うと良い感じで9時を過ぎた。外は雨。スパイダーマンのながぐつとカサと言う出で立ちで、9時15分過ぎ鋭い顔つきで何やらポーズをとった後妻に連れられ元気良く幼稚園バス乗り場へ向かった。
 今日は昨日スキャニングを終了したモノクロプリント10点データの、画像の加工とサイズ合わせを念入りに行った。そしてプリンターで出力し、加工修正の状態チェックを行う。
 2時半過ぎ妻に連れられて、怜王が幼稚園から帰宅。おやつを食べてしばらくししてから、1ヶ月ぶりの骨折の検診にH病院へ。
 雨が降っていることで、受付前の待合室には数名の患者のみ。すぐに2階レントゲン室へ行くように言われ右足の指を撮影し、即フィルムをもらって1階へ行き診察。病院に入って待ち時間は1分レントゲンで5分診察で2分ほどと凄いスピード!
 M先生はレントゲンフィルムを見てすぐに、「ここ見て下さい、もう完全に治ってますね!」「よかったね!」と怜王の頭を撫でて「もうケガしちゃダメだよ」と言って満面の笑顔。骨折からおよそ2ヶ月。何事もなく無事完治して、良かったと思う。
 で僕の脇腹打撲はというと、黒っぽい痣になっていた部分も普通に戻りほとんど痛みもなくっているので診察を受けずにH病院を出たのである。
 そして家に帰らず、目黒通り沿いの歩道を歩きつつ碑文谷ダイエーへ。完治祝いに欲しいと言う「仮面ライダーディケイド」の玩具菓子を購入し、ダイエーで合流した妻と3人で夕飯の買い物をし傘をさしても膝から下がびしょびしょになるくらいの雨の中帰宅。
 怜王は「ディケイド」を買ってもらって嬉しそうだが、僕らは怜王の骨折完治のお墨付きをM先生からもらったことでとても嬉しい日となったのである。
2009年05月28日(thu)  No.110

5月26日

 5時半起床。と言っても昨夜眠ったのが異常に早く(9時半過ぎ)…、睡眠時間は十分。それに嫌な夢(道に迷う夢で、なぜか場所はイタリア?であった…)をたっぷり見てちょっと寝ていられない感じだったので、早くても布団から出たかったのである。
 道に迷う夢は、かなりの頻度で見る夢である。それもいつもたくさんの人たちでいっしょに旅をしているのに、気がつくと僕ひとりだけが皆と違う場所にいてそこから壮大な冒険?が始まるというパターン。
 今日の夢はローマ(多分…)の裏町に迷い込み、撮影をしていると時間が突然中世になっていた。僕が手にしているカメラはその昔持っていたオートフォーカスのフジの645で、目の前に巨大なケンタウロスが出現しそれを逃げ腰ながら撮影しているところで夢は途切れ目が覚めたのであった…。
 6時少し前、怜王が目を覚まし起きて来た。外はこの時間でも快晴であることが分かるくらい、まばゆい太陽と青い空がキッチンの窓越しに分かるくらいであった。
 9時15分過ぎ妻に連れられいつものように怜王が幼稚園バス乗り場へ向かい、妻が帰宅してしばらくしてからDP2を肩から下げ渋谷に。まっすぐビックカメラ2階へ行きマルミのステップダウンリング<46mm-V37>を探すが見つからなかった。そこでDPE受付にいた女性に聞いてみると「少々お待ち下さい」と言って探し始めたがマルミのコーナーにはなく、結果的に全部のフィルターがある在庫の引き出しを丁寧に見始めた。
 そして「マルミ以外のメーカーじゃダメですか?」と聞いて来たので「あるならどのメーカーでもいいんですが、多分そのサイズマルミだけかも…」と答えてからおよそ5分、もうないかもと諦めかけそうになったとき、「ありました!」と嬉しそうな声が!
 その彼女の手には、マルミのステップダウンリング<46mm-V37>がしっかり握られていた。彼女の探し方がとても熱心で気の毒になるくらいだったので、思わず「凄いですね!頑張りましたね!」と口から出てしまった。その言葉を聞いて、彼女も嬉しそうに「ありがとうございます!」と答えたのであった。
 渋谷の街を1時間くらい歩き、スナップ。帰宅後ステップダウンリング<46mm-V37>をDP2のHA-21に装着しまずはRICOH GR DIGITALII用ワイドコンバージョンレンズGW-1をつけてのぞいてみると30mmほどの広角に。さらにテレコンバージョンレンズGT-1を装着すると、60mmほどの中望遠に変身。
 中望遠はあまり使わないと思うが、30mmほどの広角ということはもう1台DP1があるようなもの。けっこう使えるのではないか!?このステップダウンリング、DP2のHA-21に装着したまま常用可能なところもわるくない。それにGW-1専用フードを装着すると、なかなか精悍な趣きになるのが良い!
 2時半過ぎ、妻に連れられ元気に幼稚園から帰って来た。そして、お弁当(今日はタマネギと人参、豚ミンチでチャーハンを作り、ソーセージで目と鼻と口を作った)を全部食べて来たことをアピール。だがお弁当の前にアレルギーの薬(インタール)を飲まなかった(お弁当の30分前に飲むように怜王にも先生にも言ってあるのだが…)ようで、少々手足に赤い湿疹の後が…。
 4時過ぎ今日は駅前のレンタルビデオショップが安い日なので、怜王をトーマスの自転車に乗せ見に行く。怜王は悩んだ末に「ヤッターマン11(新作)」と、ドラえもんの「のび太の海底鬼岩城」をレンタルし帰宅。
 ちなみに妻は怜王をバス停に迎えに行く前に、すでに「ゴースト・ワールド(http://gw.asmik-ace.co.jp/)」「アメリカン・ラプソディー(http://www.eonet.ne.jp/~bein/an_american_rhapsody.htm)」「ブラザーズ・グリム(http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=4257)」の3作をレンタルして来ていた。
 夕飯の後モノクロプリントのスキャニングに着手しつつ、怜王が寝た8時過ぎから妻が借りて来た「アメリカン・ラプソディー」を見る。スカーレット・ヨハンソンは共演のナスターシャ・キンスキーの若い頃の雰囲気にダブるほどの素晴らしい演技で、ナスターシャは年を重ねて燻し銀の存在。見終わった後、静かな感動がじんわりやってきた。
 それにしても、スカーレット・ヨハンソンが素晴らしい映画に出演し、素晴らしい共演者・監督と出会っているのも”天性の才能”のうちなのであろう。
2009年05月26日(tue)  No.109

5月25日

 6時起床。3時半少し前に「といれ…」と言っていったん目を覚ました怜王は、爆睡中。トイレに行って戻って来て、しばらく寝付けなかった怜王が寝たのは4時近く(さすがに怜王より先に寝ることは出来ず、寝息が聞こえてくるまで起きていた…)。まだ眠いに違いない。
 ご飯を炊きみそ汁を作りつつメールのチェックをしたりと、怜王が寝ていてくれると朝やることがはかどるのである。
 そんな怜王は6時半過ぎ、「あっ…もうおきてるの?」そんな風な感じで僕を見ると慌てて起きキッチンにやって来た。そして「なんじ?」と聞いたので教えてあげると、「もうじき おはすたやる?」と言った。「おはスタ」は6時40分から。良い時間に起きて来たものである。
 少し「おはスタ」を見てから「かれーの ふりかけごはん たべる」と言うので温かいご飯にカレーふりかけをかけて出す。そしてひとくちふた口ご飯を口にした後、「おちゃ!」と言うので冷やした麦茶をコップに入れてあげると一気に飲み干しご飯も一気に平らげたのである。9時15分、元気に幼稚園バス乗り場へ妻と向かった。
 さて先週末、SIGMA DP2を入手!月刊カメラマンのMOOK「こだわりのコンパクトデジカメ」で1年ぶりでDP1をそして発売前のDP2を使って撮影をした時、あまりにDP2の仕上がりが良いので欲しいと思っていた。
 DP2の仕上がりが良いと言うのは仕様が僕が思う理想に近くなったということで、まずレンズが35mm換算で41mmと標準に近い設定でF値がF2.8と明るくなったこと。さらにバッファリング・スピードがDP1より向上したことなど、画角の違いだけではなくすべてにおいて1を上回ったことは撮り比べてみて実感したからである。
 先日届いた日本カメラに「まるごと SIGMA DP2 ブック」という付録がついていて、マルミのステップダウンリング(46mm-37mm)を使用するとRICOH GR DIGITALIIのコンバージョンレンズ(ワイド・テレ両コンバージョンレンズを持っている!)が使用出来るという情報を入手しているので使うのがさらに楽しみとなった。
 妻が帰宅後、S社Kさん宛にDRUG15号を送りに柿の木坂のセブンイレブンへ。帰りにDP2で試写(RAW)をし、現像。TIFFでチェックしたが、凄まじい描写力に圧倒される!
 2時半少し前妻がH幼稚園の、個人面談に出掛けた。少し遅れてバス停へ、怜王を迎えに行く。男は僕ひとりで、全員(7名)お母さんという状況にやや気後れ気味…。であったが、バスから降りて来た怜王は元気いっぱい。自宅までの帰り道、お弁当を全部食べたと胸を張っていた。
 3時半過ぎ、「個人面談が終わり、今からバスに乗って帰る」と言うメールが妻から届いた。怜王もトーマスの自転車で外に出たいと言うので、今日のところは都立大学駅方面つまり東急ストア(怜王のお菓子やら何やらを、買う都合がある…)で待ち合わせをすることにして怜王といっしょに部屋を出た。
 今度はRAW設定ではなくJPEG設定にしたDP2を首から下げスナップしながら進むが、怜王のトーマスの自転車といっしょでは軽快なスナップは無理であったがそれでもシャッターを切る感触(中判カメラを持っているような感じ?)を楽しむことが出来た。妻と合流し、買い物をして帰宅。
 明日はスナップがてらステップダウンリングを探しに、渋谷あたりに行ってみようか?
2009年05月25日(mon)  No.108

5月23日

 3時過ぎくらいから激しく寝返りをうち始めた例は、自分の布団から完全に僕の布団に移動してしまうと天地逆さまになって寝言(何やらうなされているようだが…)を言いつつ完全に僕の布団のど真ん中に到達したところでうつ伏せになり停止。僕は完全に追い出された恰好になったのと、目が覚めてしまったことで仕方なしに起床。時計を見ると4時50分…。キッチンの窓から差し込み光は、まだまだ薄暗い時間帯なのであった…。
 5時40分、怜王が目を覚ました。そして布団を頭までかぶりながら「ようちえんが いい」「H ようちえんが いい」と言った。何か夢でも見ていたような感じで、何と比べてH幼稚園が良いのか聞いてみたが返事は「……」であった。
 起きて来た怜王はいつになくさっぱりした顔つきで、機嫌も良かった。機嫌は良いがもう少し遅い時間まで眠っていて欲しかったが、起きてしまったものはしょうがない。しばらく付き合い朝ご飯を食べさせ、ひとり遊びを始めたのを見計らって1ヶ月ぶりにfragment(http://ys-ode.net/board/tboard008.cgi?)に写真をアップした。
 がアップしてみて、3回連続でクルマの写真(3月がロールスロイスのエンブレム、4月が整備中のシトロエンDS、そして5月がブルーのミキサー車…)をチョイスしたことに気がついた。どうしたことか?
 クルマと言えば今朝怜王は「らじこんが したい」と突然言った。昨日は「ぷられーるが やりたい」と言っていた。どちらも玩具が多すぎ遊んだ後にお片づけが出来ない状態が続いていた時に半分くらいの玩具をしまった中にプラレールもラジコンカーも入っている。
 壊すばかりで自分で作ることが出来ないレゴを何度もしまっては又出してを繰り返すように、ラジコンカーやプラレールもそうした運命にある。ただ今日遊びに行くKさん宅の息子さんは(怜王より2つ上)プラレールが好きなようで結局プラレールも出すことになるだろうが、「らじこんが したい…」と言う今朝の場合押し入れから出してやるしかないだろう。
 しかしリモコンとクルマ本体には、合計6本の単三電池が必要。ラジコンカーを出してあげても、電池がないので動かせないよと言いながら1台ラリーカーのラジコンを出してあげた。
 11時半過ぎ家を出て、駅前の和菓子屋でお土産を購入し東横線に乗り込む。怜王は微妙に眠そう…。渋谷に出てJR山手線に乗り、代々木乗り換えで総武線津田沼行きに乗り新小岩駅まで。少し早く到着。
 しばらくして、Oさんが5歳のくんと。そして今日お邪魔するKさんと5歳になるTくんがやって来て、Kさん宅へ向かった。Oさんのところはご主人と下の子(2歳)は留守番、Iさんのところは都合が悪くて今日は不参加。Uさん家族は1時間ほど遅れると言うことで、今日のメンバーは子ども4人と4家族(総勢11名)であった。
 集まった子たちは主催のKさんのところは男の子、Oさんのところも男の子、それに家うちも男の子ということで、Uさん宅のSちゃんだけが女の子。こうした集まりでは女の子が多いと言うのが今までの怜王の環境だったので、同じくらいの年の男の子が3人そろうと言うのは珍しいこと。楽しそうに、皆と遊んでいた。
2009年05月23日(sat)  No.107

5月22日

 昨日は5時起きで軽井沢往復して来たのだが、撮影時感より移動時間(撮影目的地まで、軽井沢からタクシーで40分もかかった…)が長く移動疲れが残ったまま夕方帰宅…。移動疲れはしたが好天の清々しい北軽井沢の、湿気のないさらっとした風に吹かれ気分は上々。日帰りではあったが、たまにはこうしたロケもわるくない。
 6時起床。今日は幼稚園の遠足で、林試の森公園(http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index003.html)へ行く日。数日前から曇り雨の予報が出ていたので天気が気になっていたが、、信じられないことに晴天!怜王が起きて来た6時半までに、妻と怜王のお弁当を作り終える。
 9時半妻と怜王を遠足に送り出した後、昨日撮影して来た200カットあまりのポートレート写真のセレクトと加工を行ない10時半T出版編集部ATさんに「おくりん坊」にて送信し納品完了。
 そして6月開講コダックフォトスクールの「講義スケジュール表」に撮影実習地と実習内容、それに集合場所などを書き込み11時過ぎ都立大学駅前のポストに投函しに行く。今回の撮影実習地は、熟慮の末?「上野」と「下北沢」に決定。
 さて先日図書館から借りて来た「日本人写真家の航跡」にはの2点妻の母方の親戚の写真家前田寅次の写真が掲載されていたが、以前ネットで購入した「THE PICTRIALIST 1931」に掲載されていた「PLANTS OF DESERT」と共通する寅次らしい切り口の写真。
 「日本人写真家の航跡」を編集したキュレーターが”トウモロコシの茎と鳥”の写真を評して「書道のよう」という表現をしているが、時代を考えると寅次の写真感覚は絵画的なものではなく明らかに写真の写真らしいリアルタイムな感覚を持っている。
 現在我が家には寅次の遺品のプリントが20点ほどあるが、「日本人写真家の航跡」の作品は収蔵者がいてちゃんと保管されているらしい。1930年頃寅次はロスにある「タナカ・フォト・スタジオ」に、よく出入りしていたらしいがいまとなっては寅次や「タナカ・フォト・スタジオ」のことを知る人もほとんどいないだろう。
 つい昨年まで存命していた唯一寅次を見ている妻の母の母。つまり妻の叔母が100歳と言う長寿をまっとうして亡くなってしまったので親戚筋で寅次のことを調べる手だてもなくなってしまった。そんなわけで前田寅次のことが出ている当時の文献や写真集などを入手するしか知るすべはないのである。
 つまりそうした文献や写真集もパソコンを駆使して世界中から情報を得られるようになった今、当時より入手出来る可能性は高いかも知れない。
 2時半過ぎ、遠足から怜王と妻が帰宅。天気もどうにかもって、楽しく遊んで来たようだ。少し休憩しさすがに今日は疲れていてどこかに行きたいとは言わないだろうと思ったが、3時半過ぎ「おでかけする こうえんで きっくぼーどやる」と言い出した…。その言い方があまりにくどいので…、小さいがここから一番近い柿の木坂近くの児童公園に行くことに。
 さてその公園夏になると異常に蚊が多い公園で、まだ蚊はいないだろうと思ってい行ったのだが当たり前のように蚊が群がっていた…。ここまで来たら碑文谷公園は目と鼻の先、ということで怜王と手をつなぎキックボードを持って向かった。
 碑文谷公園は時間が時間であまり小さな子は居ず、小学生くらいの子たちがサッカーをしたりして遊んでいた。怜王は軽快にキックボードで遊びいつまでやるのかなと思っていると「つかれた…」と言ってキックボードを降りた。
 帰り道怜王はほとんど口をきかずに無言で歩いた…。疲れているならわざわざキックボードなどをやると言わなければ良いのにと思うが、やりたいことはともかくやらないと我慢出来ない性分なのである。
 夜になってそれも9時を過ぎた頃、前から明日集まろうと言っていた集まる場所を提供してくれるKさんから妻にメールが。集まる場所をと言うのは一戸建てを新小岩に購入したのでその新築祝いも兼ねて、妻と僕と皆が共通している月刊誌であったARAの編集スタッフたち(女性が多く当時みんな独身であったが、1年以上経過し全員結婚し子どももいると言う状況で気の合う仲間たちがたまには合いたいねと言うことでこの話しが動き始めた)のお久しぶり会のようなもの。
 声をかけている家族は、うちと主催者を含め5世帯。うちが3人、Kさん宅が3人、Iさん宅も3人、Oさん宅が4人、Uさん宅が3人で総勢16名。内子どもが5人。にぎやかになりそうだ。
2009年05月22日(fri)  No.106

5月20日

 先月の18日の夜に椅子から落下し左脇腹をペットボトルやワインの空き瓶(なぜかいつも椅子の左下に置いていた…)で強打し、翌日の日曜救急で都立大学のH病院へ行きレントゲンを撮ってもらったりした。
 救急でレントゲンを撮った19日は「あばらが折れているようには思えませんね…」などと当直の若い外科の先生に言われ折れていないんだったら対したことはないのかも…と思ったが翌日20日くらいから強打した場所が黒っぽく変色し内出血した箇所が数カ所手指先で触って分かるくらいになって来て日をおうごとにとんでもないことになったと思うように…。
 がそれも1ヶ月が過ぎ強打した脇腹が普通の肌の色になり、寝返りをうって鈍痛が脇腹にはしらなくなりつい1週間前くらいまで仰向けでしか眠れなかったことがウソのようなまでに回復。今月28日にはギブスが取れて1ヶ月目の怜王の足の検診をしてもらうことになっているのだが、先生に「もう大丈夫です」と言うお墨付きを怜王だけではなく僕ももらえるような気がして来た。
 
 4時半くらいから目が覚め…眠れなくなった。昨夜10時と眠るのが早かったせいもあるが、寝る頃蒸し暑い感じがしていたのに早朝冷え込みがきつくなったからであろう。それでも僕が動いたりすると怜王が目を覚ましてしまうので横になったままじっとしていたが、5時を回った頃起床した。
 キッチンのテーブルに置いてあるiBook G4を立ち上げメールチェックをしていると、怜王がもぞもぞし始め数分後には目を覚ましキッチンにやって来た。そして僕の顔を見るなり「きょう ひぶすまこうえんにいこう!」と言った。
 怜王は昨夜8時過ぎには眠ったので実質9時間眠っているので、5時過ぎとは言え睡眠は十分。これから幼稚園へ行く9時過ぎまでの4時間あまり、これで今日が終わってしまうというくらい遊び回る。幼稚園に送り出すまで、毎朝戦争?なのである。
 怜王を妻がバス停まで送った後、新幹線の指定チケットを購入しに渋谷へ。これは明日日帰りで軽井沢でロケがあり、いつもなら編集部でチケットを取っておいてもらえるのだが今回は現地集合ということでスタッフそれぞれ購入することになったのである。
 新幹線といっても軽井沢までは1時間強で自由席でも良かったのだが、機材が多い(モノブロックストロボ2灯、ストロボの脚2脚、カメラとレンズその他etc…)ので出来れば座って行きたいと思いたった200円しか違わないので指定を取ろうとみどりの窓口に行くと「明日21日8時40分東京発あさま509号は、満席ですね…」と言う…。
 集合は、10時にJR軽井沢駅改札口。あさま509号より遅い出発の新幹線は考えられないので1本前の新幹線はどうか調べてもらうと、「通路側なら指定取れますが…」と言うので7時52分発9時11分着のあさま507号の指定席をゲット。まだ夏休みでもないのに、8時代の指定席が満席とは驚いた…。
 チケット購入の後、高知のTさんにファインダークリーニングをしてもらったミノルチナPにコダックE100VSを詰め渋谷駅周辺をスナップして帰宅。今日は午前中から、真夏のように暑い(28℃?)。
 そう言えば妻の母方の親戚に、ロスアンゼルスを中心に活躍した前田寅次という写真家がいた。彼が活躍したのは1930年前後で、1935年にロスで死去。木村伊兵衛と同時期に写真家として、それも海外で活躍していた寅次は、日本国内ではまったくの無名である。
 が海外での寅次の足跡はしっかり記録に残っていて、多数の個展と写真集に参加していた。その寅次の遺したオリジナルプリントは我が家に保管されていて、数年前ネットで100ドルで購入したLOS ANGELES MUSEUM発行の写真集「THE PICTORIALIST 1931」があるが寅次の全貌はそれ以上まったく分からない状態であった。
 寅次のことはこのHPのエッセイ「藍色の彼方」6章「前田寅次」史実に基づき分かる範囲で記した(http://ys-ode.net/essay/chap6/index.html)。その時まで「マエダ トラジ」のスペルを「toraji maeda」であると思ってネット検索していたのだが、海外では「前田」を「mayeda」と綴ると言うことが分かりさらに検索をしたがあまり情報を得ることは出来なかった。
 しかし昨夜妻が調べて検索にひっかかった新事実は、「toraji」を「torazi」と綴ることもあるということ!つまり「Toraji Mayeda」ではなく「Torazi Mayeda」で検索をするとたくさんの情報が得られた。
 そしてその情報の中に、寅次のことについて記しているNさんという日本人が
いると言うことも分かった。そしてNさんはメールアドレスも掲載していたので、妻が寅次が母方の親戚であることなどを記しメールを出すとすぐに返事が戻って来て外人のキューレーターが編纂した本が日本で翻訳され出版されているということを知らせていただけた(パソコンとネットとメールがこれほど凄いと思ったのは初めてである)。
 その本は何とJICC出版局から出ていて、「日本人写真家たちの航跡(http://www.amazon.co.jp/dp/4880632104/)」と言うタイトルで前田寅次のことが記されていると言う情報までいただけた。それに妻がいつも行く八雲の図書館に収蔵されているか調べてみると、嬉しいことにあると言う!今日は怜王が「きょうは ひぶすまこうえんにいこう!」と言ったそちらの方角に図書館がある(というより目黒区では、八雲の図書館にしか所蔵されていないという)ので、帰りに寄って借りてこようと思った。
 ちなみに怜王が言う「ひぶすまこうえん」と言うのはこの辺りを総称した名称で、本当は「衾町交通公園(ふすままちこうつうこうえん)」なのである。とここまでで何となく分かっている人は変な名前の町ばかりだなと思われると思うのだが、本当に目黒区の町名は面白い。
 まずは今住んでいる町は平町(たいらまち)であり、向かいが柿の木坂、さらに柿の木坂と面しているのが八雲であり、平町の隣は碑文谷。そして碑文谷(ひもんや)の向かいは鷹番(たかばん)。さらにすでに町名としてはなくなってしまったが月光原(げっこうはら)、油面(あぶらめん)などなど…。
 名前だけを聞くとびっくりするが、町名が郵便物を配達することの延長だったりそうしたことのまとまりを見せるために何とか本町何とか町など、味気ない町名になってしまったのは本当につまらないこと。
 今でも記憶に残るのは東銀座あたりを「木挽町」と言っていたその響きや、東陽町が州崎と言われていた頃のニュアンスなど僕自身はリアルタイムのことではないのだが、州崎と聞いて「州崎パラダイス」を団塊の世代以上の人たちは思い出すだろ。単に町名ではなくされど町名で、言葉の響きとイメージがこれほど地名に残っている目黒区は面白い場所だと思う。
 2時半過ぎ怜王が幼稚園から帰って来て、おやつなどを食べた後3人で八雲の「衾町公園(http://www.city.meguro.tokyo.jp/shisetsu/shisetsu/koen/fusuma/index.html)」へ出掛ける。
 同じような年齢の子たちがたくさんいて、ゴーカートで遊んだり自転車(補助輪無しはうまく乗れなかったので、ずっと補助輪付きであった…)で遊んだりで閉園の4時半までフルに遊んだのである。
 帰り道八雲の図書館に寄り、「日本人写真家たちの航跡」を借りる。分厚い、博物館などの図録のような本であった。帰宅後見てみると前田寅次のことについての記載も少しあり、作品も2点掲載されていた。明日以降じっくり目を通してみよう。
2009年05月20日(wed)  No.105

5月18日

 昨日は昼過ぎから妻が友だちのHちゃんと会うため出掛けたので、怜王と都立大学駅前のレンタルビデオショップに行き「ドラえもん」のDVDを借りてきてみたり、レゴの量が半端ではなくなり収拾がつかなくなったので3弾式の少し大きめの収納をふたつダイエーに買いに行ったりした。
 予定では八雲の衾町交通公園(http://www.city.meguro.tokyo.jp/shisetsu/shisetsu/koen/fusuma/index.html)に行って補助輪のない普通の自転車に乗る練習をと思っていたのだが、午前中雨が降ったりして天候状態が悪かったので行くのをやめた。怜王は少しがっかりしていたが、7話入っているドラえもんのDVDを楽しそうに見たり、収納箱にレゴのパーツを分けていれたりでそれなりに楽しそうにしていたようなので良かったと思う。
 怜王は9時過ぎに眠ったので携帯ワンセグでエディーマーフィーの「ネゴシエーター」を見るがいまひとつで…、10時半過ぎ最後まで見る気をなくしたので眠ることに。そして11時過ぎに携帯にメールが妻から届いていたが爆睡していたため気がつかず、12時を回った頃目が覚めたのでキッチンへ行くと妻が帰っていてMacに向かっていた。
 
 さて5時半少し前、怜王がかゆがって目を覚ました。そして起きると言うので仕方なしにキッチンへ行き、牛乳カルピスを飲ませる。するとしばらく「かゆいかゆい」とかかとあたりをかいているので保湿剤をぬってあげたりしていると、「もういっかい ねようか」と言いながら妻の布団に潜り込むとそのまま二度寝。
 僕は起こされたまま怜王のお弁当を作ったりし始めていたので眠ることが出来ず、そのまま起床した…。お弁当を作り終え、キッチンのテーブルに載せたiBook G4を立ち上げメールチェックをしていると怜王が慌てて起きて来た。そして「こどののばんぐみ みる」と言うので携帯ワンセグで教育テレビに合わせてみせていると、勝手にチャンネルを変えているうちに「しまじろう」のアニメ(http://www.webtsc.com/prog/anime/shimajiro/)を見つけ興奮気味に見入っていた。平日の朝早い時間は教育テレビ以外アニメはやっていないので、嬉しかったのだろう。
 しまじろうを見終えるとおもむろにレゴを入れた箱を持ち出し、「スター・ウォーズ」のパーツを手に取り「せっけいずをみて つくるよ」といきまいた。嫌な予感がした素知らぬ顔をでiBook G4に向かっていると、「むずかしくて できない… ちゃんとつけてるのに とれちゃう…」などと言い始めた。
 それは「ナブー・N.1・スターファイター」で何度作ってあげても遊んでいるうちに怜王がバラバラにしてしまい、結局形が分からないくらいになって作り直せないまま飽きて放ったらかしになった。
 またか…と思いながらも「もうこわさないから おとうさん がんばって つくって…」と言われると作らざるを得ない…。「ナブー・N.1・スターファイター」の対象年齢は8歳から12歳と、まだまだ怜王には難しいのである。
 9時15分過ぎ、元気よく妻に連れられ幼稚園バス乗り場へ怜王は向かった。やれやれと思いながらも「ナブー・N.1・スターファイター」のパーツを探しつつ、10時半過ぎ組み立て完了。
 最初は面倒くさいと思って始めるのだが、パーツを探してだんだん形が出来てくると妙に嬉しくもあり気がつくと完全レゴ作りにハマってる自分に気づき苦笑い…。
 2時ジャスト、高知のMTさんにファインダーをクリーニングして頂いたミノルチナPが到着。素晴らしく奇麗になっていて、感激!
 2時半過ぎ、怜王が妻に連れられ幼稚園から帰って来た。まずはキッチンのテーブルの上に置いた「ナブー・N.1・スターファイター」を見て大喜び。おやつを食べるのを忘れて、遊び続けていた。
 夕飯を後渋谷「キャラリ−・ルデコ(http://home.att.ne.jp/gamma/ledeco/)」で明日から写真展を開催する土屋勝義さん(http://www004.upp.so-net.ne.jp/tsuchiya/)からお誘いを受けたオープニングパーティーに出掛ける。
 今日のこの写真展土屋さんだけではなく3階では魚住くんも同時開催で、なおかつ魚住くんが歌うと言ういうイベントも待っていた。つまり普通の写真展のオープニングパーディーではなく、僕らがよく見ているライブハウスのバンド待ち的な様相を呈していた…。
 正直これは辛いなと思いつつ見ていると、C社Kさんといっしょに来ていた写真家の立木さんがトークショーに参加。その後ライブが始まってライブの音が流れ始めた時「この音は、辛い…」と感じ会場を後に…。
 ルデコを出て歩き始めると、目の前に月刊カメラマン編集長のSさんと編集スタッフ、それにキヤノンのKさんキャパ編集長のIさん、さらに写真家のFさんがいSさんから「ちょっと飲んでかない?」と言うことでいっしょに渋谷駅近くの居酒屋に行き11時過ぎまで。楽しい一日であった。
2009年05月18日(mon)  No.104

5月16日

 ここ数日寒の戻りであるかのように、朝夕が冷える。そんなこともあってか、怜王が早起きをせずゆっくり眠ってくれているのが嬉しい。だがしかし、僕は習慣?で5時半に目が覚めてそのまま起床と言う毎日…。
 もちろん起床したらしたで昨日の日記を書いたり着信メールに返信を書いたり、今日は土曜日なのでないが怜王のお弁当を作ったりとやることはたくさんある。
 ここでポイントとなるのはいっしょに起きないで、怜王が寝ている間にやるべきことをやるということ。今朝の怜王は6時半過ぎに目を覚まし、朝からちゃんと「うしさんのみるくで ぱんたべる」と言ってちゃんと朝食(「うしさんのみるく」と言うのは、練乳のこと)を食べた。
 しかし練乳と食パンだけでは栄養に偏りが…と思っていたら、幼稚園に行く15分前くらいに突然「にんじんが たべたい」と言うので、薄めにカットしたにんじんを茹でて醤油とバターで味を付けたものを作った。すると怜王は「おいしい!」と言ってぺろりとたいらげた。野菜はほとんど口にしないのににんじんが好きと言うのはとても不思議に思えることだが、自発的に食べたいと言うことが凄い(僕自身にんじんが好きではないので…)と思う。
 毎朝起きると我が家にはJ-WAVE(http://www.j-wave.co.jp/)が流れる訳だが、今朝のラジオドーナッツで流れた「ALOHA FROM HELL(http://www.sonymusic.co.jp/Music/International/Arch/BV/alohafromhell/)」と言うバンドののびのある女性ボーカルViviの声に感動!
 さっそくYoutubeでチェック(http://www.youtube.com/watch?v=sZ7Ml_Hvjww&feature=related)してみると、大物感が漂ようViviの存在感に圧倒された!
 Viviは現役女子高生で日本でも海外で評価の高い「オレスカバンド」や元気いっぱいの「スキャンダル」など良い女子バンドが出て来ているが「アロハ・フロム・ヘル」のViviの場合あらゆる部分で抜きん出ている。
 10時半過ぎメール便を1通で送る手配(昨夜旧住所へ送ってしまい戻って来てしまったKTさん宛のDRUG15号…)をしに、都立大学駅近くのセブンイレブンへ。そして帰りに都立大学駅に行きPASMOカードの発行をしてもらい帰宅。
 12時半過ぎ、妻に連れられ幼稚園から怜王が帰って来た。帰ってくる前から作りおきしたチャーハンを温めて出すと、「ん! おいしい!」と言い「Hちゃんより おおきくなりたい」と年長さんのHちゃん(同じバス停から乗る園児で、背の高い女の子)のことを何度も口にしつつ完食。
 食べ終わるとデザートにアイスキャンディーを食べ「どこか おでかけ」と言うので、夕方から雨になるかも知れないしねとお茶を濁すと「おひるねする」と言うので布団をしいてあげる。 すると「せなかが かゆいかも…」と言うので背中をさすってあげていると、1時20分過ぎ静かな眠りに落ちて行った。朝も良く眠るし、たまにこうして昼寝が出来るようになると怜王も気分的に落ち着くのではないかと思う。ぐっすり眠り、3時少し前に目を覚ました。
 夕飯頃より「綴り文字のシーズン(http://movies.foxjapan.com/beeseason/)」を、キッチンのMacのモニターで見る。役柄かも知れないがジュリエット・ビノッシュがずいぶんふけたな…と思つつ見ていると、見ていることのピークが訪れる前に映画が終わってしまった。
 もちろんこの映画が言わんとすることや少女が綴りを言い間違えたことにすべての意味が象徴されていることは分かるのだが、それを理解しても何とも燃焼しきれないものが伴う映画であった…。
 9時過ぎに怜王が眠った。と同時に、僕らはテレビで「ダヴィンチ・コード」を見始めた。テレビ枠で3時間。一昨日から続編「天使と悪魔」が世界同時公開されているので凄い視聴率であろう。3時間はあっという間に過ぎ去った。それにしても、最近映画をずいぶん見ている…。
2009年05月16日(sat)  No.103

5月15日

 「日本カメラ博物館・JCIIライブラリー」より、ーDRUGを図書資料として保存、写真及び写真具術研究に活用ーとの通知を頂く。これは元・月刊写真工業編集長であった市川さんに毎号お届けしていたDRUGを、市川さんが退職される時に「日本カメラ博物館・JCIIライブラリー(http://www.jcii-cameramuseum.jp/)」に寄贈(14号まで)していただけたことで永久保存してもらえることになった。
 「次号から日本カメラ博物館・JCIIライブラリーSさんに、曽根さんの方から直接送るようにしてみて下さい」と市川さんよりアドバイスを頂いた。こうしてSさんより最新号を保存という便りを頂けると、「蔵書されている」という実感がふつふつとわき上がり発行し続けて来て良かったと思うのであった。
 そんな昨日は再び怜王が「れごであそびたい」「れごがいい」と言うので、渋々レゴを仕舞った段ボール箱を出し遊べるようにしてあげた。今出しても怜王にはまだ難しいことは分かっているし、またしまわなければならないようなことにもなりかねないことを承知の上で出したのだ。
 夕飯時になっても怜王はレゴに夢中になっていたが、突然「おかあさんがかりた ろぼっとのでぃーぶいでぃー みたい」と「トランスフォーマー(http://www.transformersmovie.com/)」
を見ることを望んだので妻がキッチンにおいてあるMacのモニターで見ればと言うと、怜王は器用にDVDをスロットに入れマウスを操作しきっちり日本語に音声を合わせてプレイボタンを押した。
 だがしかし見ていたのは最初の数分で、後は寝室に広げたレゴのところに行って「ろぼっと つくるんだ」とレゴを使ってロボットを作りたがったり、「かめら かめらかして ろぼっとのこと しらべるんだ」などと言い始めたのでコンパクトデジカメを渡すとさかんにモニターに張り付いてシャッターを切っていた…。
 僕らはしっかり「トランスフォーマー」を最後まで見、途中いろいろごねた怜王も最後はちゃんとレゴを片付け歯を磨いて9時半過ぎに眠った。いつもは8時くらいに寝かせているのだが、1時間遅いくらいの方が怜王的には余裕があって良いのかもなどと思ったりした。
 さて深夜かゆがって目を覚まし毎朝早起きをする怜王であるが、昨夜はほとんど目を覚まさず掛け布団もけとばさず7時少し前まで爆睡。このくらいの時間まで寝ていてくれると助かる?し嬉しいのだが、それを見ている僕はと言えばいつも怜王が目を覚ます5時半に目が覚めそのまま起床したのであった…。
 今朝の怜王は十分眠って気分が良いかというとそうでもなく、微妙にぐずりだらだらした感じ…。ご飯を食べないというので、厚揚げ(厚揚げや油揚げ<妻は「うす揚げ」と言う>を焼いたものが怜王は好きなのである)を焼き少しでもお腹に…。
 幼稚園に行くまでの間レゴのインディージョーンズでオリジナルの神殿のようなものを作ったりし、8時半くらいから僕のiBook G4でディズニーのゲームをして9時15分すぎ幼稚園バス乗り場へ「かえったら おでかけする…」と言い残して行った。
 10時半過ぎ、中野へロケハン&スナップ撮影に出掛ける。ロケハンと言うのは6月開講コダックフォトスクールの撮影実習地を2ヶ所選び、事務局に提出しなければならないからである。と言っても候補地はことのほかたくさんあり、中野はその中サブのサブくらいの候補。11時頃にJR中野駅に到着し1時間半ほどロケハンとスナップをして12時半過ぎ都立大学駅到着。
 改札口を出てから駅員さんのところに行き、「PASMO」カード(http://www.pasmo.co.jp/)の再発行手続きをする。と言うのは今月8日Y出版社の仕事で赤阪に行ったおり使用し帰宅の後、いくら探しても「PASMO」カードが見つからない…。帰ってくる時ちゃんと改札口を「PASMO」カードで通過しているので、なくしたのは自宅の部屋の中だと思うのだがまったくどこにどうしたのか記憶がないのである。
 今日なども切符を買って(行き帰りで気にしてみていたが、切符で改札口を通過している人はほとんどいなかった…)東横線とJRを乗り継いだのだが切符を買うのが面倒だったので手続きをしたとである。
 しかし再発行手続きは即座に行われるのではなく、手続きをして1日後に受け取りを持って最寄り駅に行き「PASMO」カードを発行してもらうと言うことらしい。その場で出来るような気がしないでもないが、明日明後日もし出掛けるようなことになればやはり「PASMO」カードはあった方が便利なのである。
 帰宅後20分ほどで妻が学芸大学のアクセサリーショップに商品(ビーズ)の納品に行くと言って出掛け、2時半過ぎバス停で怜王をピックアップし帰って来た。
 手を洗っておやつを食べ終わると「ひもんやこうえんに いきたい…」と言うので、違う場所に遊びに行こうよというと「どこ?」というので碑文谷公園ではないところへ行かせるために、「たまには自転車で移動して、電車(東横線)でも見るってのはどう?」と言ってみると「そうだね」とあっさりOK。さっそく補助輪付きのトーマスの自転車に怜王を乗せ、近隣散歩&電車を見にでかけた。
 と言ってもすでに怜王は電車に興味をなくしているのでひたすら自転車に乗り、自由が丘に近い住宅街の中にある砂場や滑り台それにシーソーや砂場と小さいながらすべてそろっている児童公園へ。怜王はとても嬉しそうにすべての遊具で遊び、満足げであった。
 明日も幼稚園はある。そして明後日日曜日は、妻が友だちと会うためお昼くらいから夜まで怜王は僕が見ることになる。どこかに連れて行こうかいろいろ算段しているが、まだどうするか決めていない…。さて、どうしようか?
 
2009年05月15日(fri)  No.102

5月13日

 昨日の朝、「れおくん にじをみてるんだよ」と言いながら一枚の絵を僕の前に見せに来た。色鮮やかな虹が描かれていてその虹を見ている怜王は笑っているように見える。それにいつものことだが、ちゃんと太陽を描いているところがいかにも怜王らしい。
 で笑っている怜王の隣にいる大きい人は誰なのかを聞いてみると、「おとうさん!」と言う。実際怜王はまだ虹と言うものを肉眼で見ていないと思うのだが、それにしてもうまく描いたものである。
 さて習慣化している怜王の早起きだが、今朝は珍しく6時といつになく遅くまで眠っていた。。こんな時に限って僕は5時半に目が覚め、そのまま起床していて結局怜王が起きる起きないに関わらず僕自身早起きが習慣化しているようである…。
 起きて来た怜王はさかんに、「くるくるまわる うちゅうじんが ○×△□…」と言う…。何度言われても理解出来ずにいたが、「おとうさんの ぱそこんでみた くるくるまわる…」と言った時にピンと来た。昨夜怜王が「なんきょくは どこにある?」と言うのでGoogle→画像→地球儀と入力して地球は丸いこと南極は地球儀の一番下にあることなどを説明したことを怜王は思い出していたのである。
 キッチンのテーブルに置いたiBook G4で、地球儀の画像を開き自由に見せてあげた。
 しばらくすると今度は、「れご やりたい…」「Hちゃんちに れご あったよ」と言い始めた。レゴはスターウオーズであったりフェラーリF1チームであったりインディージョーンズであったりとはっきりテーマごとにしっかり形になっているものが大半で、欲しいと言われて誕生日のときなどに買ってあげたが結局作ることは出来ずに僕が作ったのを壊すだけ…。
 そんな訳で何度か出したり仕舞ったりを繰り返したが、今現在は対象年齢(7,8歳くらいのモノが多い)になったら(小学生)出してあげると言うことでしまった。そのことをどうにか説明し納得させるのに1時間ほどかかったが、8時半くらいからレゴのことを口にしなくなった。ちょっと可愛そうな気もあったので、キッチンのテーブルの上に置いたiBook G4で幼稚園に行くまでの時間、ゲームをやらせてあげることに。
 9時5分過ぎいつものように元気よく、幼稚園バス乗り場へ妻といっしょに向かった。その頃より曇り空から、陽がさし始めた。
 10時半過ぎ、DRUG仲間の横川さんの知り合いで名古屋でギャラリーとスタジオを開いた辻さん(http://www.ban-std.com/)が東京に見えているのでいっしょにお昼でもと言うお誘いを横川さんから頂いたので原宿竹下口交差点で待ち合わせをし横川さん行きつけ?のイタリアンレストランへ行き1時間ほど食事をしながら歓談。
 そして辻さんが僕らと会う前に見つけたという、「BEAMS」が開いている「PHOTO ART PRINT BOOKS(http://www.beams.co.jp/news/event/photoartprintbooks-vol1.html)」を3人で見に行く。
 森山さんや荒木さん川田さん細江さんなどの、オリジナルプリントや写真集が置かれていた。写真がファッションの延長という発想なのだろうが、オリジナルプリントが安くて6万くらいから上は120万(森山さんのブエノスアイレスの大きなプリント…)と言う値段では若い子たちが服を見に来たついでに買えるような金額ではないと思うが…。
 帰宅すると怜王はすでに幼稚園から帰っていて、おやつを食べていた。3時半過ぎ、怜王の虫歯検診で妻と怜王は近所の歯科へ。骨折が治っても、アレルギー検診や虫歯の検査など、なかなか病院と縁が切れない…。
 8時半少し前怜王が眠った。それを確認してから夕方借りて来た「ママの遺したラヴソング(http://mamanolovesong.com/)」妻はキッチンに置いてあるMacのモニターで再生を。主演は夫婦でファンである「スカーレット・ヨハンソン」主演の映画である。
 トラボルタも良いしスカーレット・ヨハンソンは本当に素晴らしいし、とても見応えのある映画であった。スカーレット・ヨハンソンを一部で「マリリン・モンローの再来」と言う表現をしているが、僕から見るとアンディーウオーホルと同世代の「イーディ(http://www.rams.demon.co.uk/esmain.htm)」とイメージがだぶる。
 それにしても、スカーレットヨハンソンが主演の映画今までに何本見ただろうか?「真珠の耳飾りの少女、ロスト・イン・トランスレーション、ママの遺したラヴソング、アイランド、ブーリン家の姉妹…」。見てない映画はたくさんある。まだまだ楽しみは続きそうだ。
2009年05月13日(wed)  No.101

5月11日

 昨日もまた碑文谷公園へ怜王を連れて行ったのだが、気温が28℃と夏日となり園内の水飲み場は大量に水を使ったので水たまりが出来ていて怜王も楽しそうに肥田を釣り竿落ち葉を魚に見立てて「さかなつり」などと言って水を触っていたがスズメもさすがに熱かったようで同じ水たまりで水浴びをしていた。
 そして怜王が喉が渇いたと言うのでいつもと違うルートで自販機のあるところに行く途中、大量の鯉のぼりが吊るされて(干していたのかも知れない…)いるマンション?を発見!それをそのまま撮るのも芸がない?ので1枚おさえた後怜王を立たせて記念写真を撮った。何も言わないのに、モデルのようなポーズを怜王がとった時ハッとした!そんな訳で土日の2日は、碑文谷公園尽くしとなったのである
 
 今朝も、怜王は5時半少し前に目を覚ました…。早い時間に起きることが習慣化しているので「今朝も」という言い方は適切な表現ではないかも知れないが、それにしても早すぎる…。
 キッチンにやって来た怜王は牛乳カルピスを飲むと、寝室へ行きテレビのスイッチを入れ学習用のDVDを見始めた。そして6時45分お目当てのテレビ番組「おはスタ」をキッチンに戻って、僕の携帯ワンセグで…。怜王が寝室にいる間、幼稚園にもって行くお弁当を完成。
 毎朝あまりご飯を食べたがらないので、食べても食べなくてもとじゃこのふりかけをかけたご飯を少量出してみると、意外にもぺろりと平らげた。
 ご飯は食べてくれたが、今日の怜王はどうも膝がかゆいようだ。昨日何を食べさせたかなと考えても怜王にとってアレルゲンである食物を食べさせた記憶がない。それに左手のひらを大分かいたようでちょっと可愛そう…。
 9時15分過ぎまでダイヤブロックで遊び、後ろ髪ひかれつつではあるが元気よく妻に連れられ幼稚園バス乗り場へ怜王は向かった。
 9時半過ぎに帰宅した妻は、おもむろにベランダに行き観葉植物の鉢を移動させたりしながら掃除を始めた。昨日友だちのSちゃんからもらって来たシソが植えられた鉢が大きく、広かったはずのベランダの半分以上は観葉植物で埋まって来てしまったので整理しようと思っているのであろう。
 妻はこつこつひと鉢ひと鉢移動させ30センチ角のウッドデッキをひとつひとつ掃除して行くのだが砂や小石と言ったものではないダンゴムシやナメクジそれにクモなど、妻が苦手な虫がたくさんいて四苦八苦していた…。
 そしてウッドデッキの数枚は無惨にもダンゴムシの食料になってしまっていて、捨てなければならない状態のモノが3枚ほどあったようだ…。
 2時半過ぎ怜王が幼稚園から帰宅すると、妻は怜王を誘って1階駐車場でウッドデッキを洗い流すことを怜王といっしょにやりはじめた。当然ながら怜王は大喜び。しかし嬉しさがヒートアップして、少々興奮気味になり微妙に妻の逆鱗に…。
 それでもお手伝いをしたので妻からお駄賃の100円をゲットした怜王は、クマさんの財布にその100円を入れ「おでかけ」なのであった。そんな訳で怜王をトーマスの自転車に乗せ、買い物がてら東急ストアへ。
 帰宅すると、松江のANくんと大阪のNTさんからメールが届いていた。ふたりはワークショップ写真学校森山大道教室の3期生で、30年来の友人なのである。
 帰宅後妻が夕飯の支度をし始めると、「あらうの おてつだい!」と言うことでキッチンの流しに小さな椅子の上に立ち洗い物を得意満面でやり始めた。もちろんちゃんと出来る訳でもないわけだが、それでも本人はやった気になり得意げなのであった。
2009年05月11日(mon)  No.100

5月9日

 今朝も5時半に怜王は目を覚まし、何か飲みたいと言う…。ひとまず起きて牛乳カルピスを飲ませたが、体力的にもう少し眠りたいと思い布団に入ると怜王も自分の布団に入ったのでほっとして目を閉じたが、その瞬間脇腹に激痛が…。怜王の右足が、僕の左脇腹にヒット…。
 じっとしていれば痛くない脇腹も、蹴られて痛くない訳がない…。痛みをこらえていると、「おしっこ…」と怜王が言って僕を見ている。ひとりで行ってくるように言うが、怜王はその場を動こうとしない。ドアのところまでいっしょについて来て欲しいと言うことなのだが、脇腹の痛みをこらえつつトイレのドアまで。
 もう少し眠りたいと思う気がトイレにいっしょいについて行ったことで弱わまり、二度寝出来ない状態に…。またしても怜王の早起き、でペースが乱されてしまった…。
 「もう起きないと幼稚園に遅れるよ」と親が焦るくらい朝起きない子が多いと聞くが、怜王はどうしてこんなに早い時間に起きるのだろうといつも思うのである。
 仕方がないのでいっしょに起床し、朝ご飯の支度をしつつ、メールチェックをし返信を何件か下記昨日の日記を書きあげアップ。
 昨日の幼稚園のお弁当用に多めに作った、冷蔵していたハンバーグ温めケチャップを上に少し乗せて出してみた。怜王は美味しそうにもりもり食べ、あっという間に完食!毎朝これくらい コンスタントに食べてくれると嬉しいのだが、日々ムラがあって明日はどうなのか分からないと言うところがあるのでぬか喜びにならない程度の表記にしておこう…。
 昨日から何で見たのか「ひもんやこうえんで さっかーやりたい」と言っていて、今朝もご飯を食べ終わると「さっかーやりたい ひもんやこうえんへいって さっかーやりたい…」と言っていたのでひとまず今日は碑文谷公園を目指すのであった。
 お昼を食べてから、100円ショップで買った小さなサッカーボールを持って家族で碑文谷公園へ。今日はTシャツでも熱いくらいの夏日とあって、碑文谷公園は多くの家族連れが集まっていた。まずテニスコートや野球場のある場所へ行きサッカーらしきことを怜王にやらせてみる。
 ちゃんと蹴ることが出来たりスカだったり転んだりして楽しそうにやっていたが、20分ほどで「つかれた…」などと大人びたことを言ったと思えば「やきゅうに しよっか?」などと言いつミニサッカーボールを僕の方に投げて来た。
 そしてしばらくボール投げをしたのだが、投げることは出来ても受け取ることが出来ない怜王は自分に苛立ち…数分で野球を断念…。次に始めたのがタンポポを摘んで吹いてみたり蟻を見つけて「たんぽぽ おうちにしてあげるんだ」などと言って執拗に蟻にタンポポ近づけたりしていた…。これはサッカーの倍以上の時間を費やし、いかにこうしたことが好きなのかと言うことが良く分かる行動パターン?である。
 サッカーと野球をやめ、碑文谷公園の砂場や滑り台のあるところへ移動。まず怜王は滑り台をがんがんやり少々苦手な?ブランコにも挑戦。帰りに公園近くの駄菓子屋(まだあるのである)でピストルを購入し、ダイエーに。
 夕飯のおかずを選んでいると、「これたべたい」と怜王が言うので何かと見てみると、「鮎」であった。魚はいろいろあるが、川魚は海の魚より怜王的にアレルゲンが少ないので、今夜の怜王のおかずに「鮎(一尾280円)」を購入し帰宅。塩焼きにして夕飯に出したのだが美味しそうにぺろりと平らげ、さらに妻手製のアヅキときな粉の団子もぺろり。食べてるときの怜王は、良い顔をしている!
 ひとだんらくして「明日はどこに行きたい?」と聞いてみると、「ひもんやこうえん」であると言う…。今日一日、相当楽しかったに違いない。そんな怜王は8時半過ぎ布団に入ると、あっという間に眠りについたのである。
 怜王が眠った後、妻のMacのモニターで「ドリームガールズ(http://woman.excite.co.jp/cinema/feature/dreamgirls/)」を見た。ビヨンセもジェニファー・ハドソンもシュープリームス(http://www.history-of-rock.com/supremes.htm)を超えるハイレベルな歌唱力と演技で最後まで楽しく、そして感動を与えてくれた。
2009年05月09日(sat)  No.99

5月8日

 昨夜寝る前に見た「パンズ・ラビリンス」の残像が記憶に残っていたのか、起きた今となっては何を見たのか思い出せないが嫌な夢をたくさん見たような気がした。5時50分過ぎ起床。そっと起きたのだが、かすかな音と空気の振動を感じたのか怜王が目を覚まし起きて来た。
 今朝はどんよりとした重々しい天気で、雨が激しく降り雷も…。そんな中数年前ARAの職人の取材の折長嶋さん(http://www.city.kawaguchi.lg.jp/ctg/32100005/32100005.html)から頂いた「宇宙バラ」が色鮮やかに咲いて目を癒してくれた。
 今朝の怜王の朝ご飯は、練乳で食べる食パン。9時15分過ぎ「送った後渋谷で母の日の贈り物買ってくる」と言う妻に連れられ、怜王は元気良く幼稚園バス乗り場へ。激しい雨も、大分治まって来ていた。
 11時過ぎ雨が上がったので、洗濯をし掃除をした。そして夕方からの撮影の機材の点検をし準備を整えた。そうこうしているうちに妻が帰宅。そしてお昼を食べ妻は建築家のMさんのHPの仕事を少しやり2時少し前母の日の荷物を出しがてらようしへんから帰ってくる怜王を迎えに行き2時5半過ぎに帰宅。
 4時15分過ぎ細川茂樹さん(http://ameblo.jp/shigeki-hosokawa/)のインタビュー撮影に向かう。東横線で渋谷まで行き、銀座線で隣駅の表参道乗り換えで千代田線赤坂下車。6番出口から地上に出て、赤坂陽光ホテルへ。ライターのMYさん編集部のNYさんと待ち合わせ、細川さんの到着を待ってスタッフと1F会議室SPルームへ。
 細川さんのスタッフはマネージャーのFYさんとヘアメイク、スタイリスト、それにお付きの女性(事務所のひとか?)の4名。まずは細川さんが来る前にライティングを組み終え、細川さんが到着と同時にSPルームを出て着替えとヘアメイクをしてもらい5時過ぎよりインタビュー撮影開始。6時過ぎまで和やかな進行でインタビュー撮影終了。最後にポートレート撮影をしフィニッシュ。
 細川さんのスタッフを見送ってから、赤坂陽光ホテルをあとにした。来るとにはあがっていた雨が、傘をささないと濡れてしまうほど降っていた。両肩に機材を担いだ状態でかさをさすのはしんどいが、機材が濡れるのは避けたいので折りたたみ式傘を出して赤坂駅まで。
 千代田線に3人で乗り込み僕だけ表参道で銀座線に乗り換え(ふたりは副都心線に乗るようでそのまま渋谷に向かった)、渋谷に。渋谷に行くのなら乗り換えなくてもと思うかも知れないが、東横線にスムーズに連絡しているのは銀座線後方からの出口が一番近いので乗り換えは必須なのである。 
 そう言えば今日の仕事、順当に行ったら5月1日が撮影日であった。たまたま決めた日の細川さんのスケジュールのまま進めるとインタビュー撮影開始時間が深夜11時頃と撮影が終わったら帰れない状態で、それはと言うことでマネージャーのFYさんが今日にしてくれたのだが僕的には今日で良かったと思っている。
 と言うのは脇腹を強打し寝返りもうてないくらいの鈍痛が1日頃にはまだあって、とてもじゃないがが20キロ近い機材を担いでお台場のフジテレビまで行くのはきつかったと思うからだ(といってもまだ痛みは残っていて、完治していないのだが…)。
 9時半少し前、ああだこうだいっていた怜王が、背中をさすってあげているうちに眠りについた。眠りについた後、幼稚園で作ったと言う「おかあさん ありがとう そねれいおう」と書かれた怜王の手形を誠実に切りぬいた(手形は記念になりそう…)人形が目に止まった。見れば見るほど凄い「母の日人形」である…。
2009年05月08日(fri)  No.98

5月7日

 5時過ぎ僕の枕の横に頭をくっつけて寝ていた怜王が目を覚まし、周囲をきょろきょろ見て何やら不思議そうな顔をした。寝ぼけている感じだがそれは数秒で終わり、布団からごろごろ転がり停止したところで寝ながら大きな伸びをした後すくっと立ち上がった。
 「早すぎる…」と思うが昨夜8時過ぎに眠り、ほとんど夜中に目を覚ますことなく目を覚ました訳で怜王は睡眠十分。仕方なしにいっしょに起きて、飲みたいと言う牛乳カルピスを飲ませた。
 そして起きてしまったのだからと、今日から始まる幼稚園へ持って行くお弁当(怜王のオーダーで、やきおにぎり、ウインナ<シンケンジャーウインナをタコの形にカット>、食べるカタクチイワシ、それにデザートのゼリー)を作り始めた。
 今日からお弁当を入れる袋は妻が昨夜作った(エプソンの「アイロンプリントペーパー」で制作)、表も裏もプリントのは入ったオリジナルスパイダーマンお弁当入れなのである。そう言えば昨夜、我が家にちいさなスパイダーマンが…。
 今朝の怜王は「あさごはん たべない…」と言って、まったく固形物を口にしなかった。そのかわり牛乳カルピス、りんごジュース、ゼリーといった、とてもお腹にたまるとは思えないものばかり摂取。
 固形物が食べられないと言う時喉が痛かったりと言うことも考えられるが、風邪をひういるとも思えない。気まぐれなのだろうが、いつもと変わらず元気にしているので心配することもないだろうが…。
 9時15分過ぎスパイダーマンのお弁当袋を持ちスパイダーマンの長靴を履いて、妻といっしょに幼稚園バス乗り場へ向かった。ふたりが出掛けた後、僕は例によって少したまったゴミを1階の駐車場脇のゴミ置き場に持って行ったり部屋の掃除をした。
 そしてDRUG15号の発送のための宛名書きと、Kくんの写真展のオープニングパーティーで10年ぶりで会ったカメラ博物館のMMさん(MMさんは元写真弘社にいて、「わだつみの末裔たち(新宿ミノルタフォトスペース、1982年)」「MAHIRUー白い影の記憶ー(キヤノンサロン、1987年)」など写真展で格別にお世話になった方なのである)に全号送るための梱包をしたりした。
 妻が帰宅した後碑文谷のクロネコヤマトに発送に行こうと外に出ると、雨が降り始めていた…。DRUGの発送をあきらめ、銀行へ。
 昼を過ぎても雨は長々と降りやむ気配がないので、ママチャリで行くのを諦めリュックに40冊ほどのDRUG15号を詰め込み傘をさして碑文谷のクロネコヤマトへ行く。DRUGの発送はコンビニでも良いのだが、たくさん持って行くと大半の店員は嫌な顔をする(面倒なのだと思う…)ので少し遠くても営業所へ持ち込むことにしている。
 DRUGを発行し始めてずっと碑文谷のクロネコヤマトを使っていて、少なくとも年4回×3年ということで窓口の人とも顔見知り。つまり気が楽なのである。
 2時半過ぎ妻に連れられ、怜王が元気に幼稚園から帰って来た。いつものようにジュースを飲んでおやつを食べていたが突然、「とみかの げーむ やりたい だいえーに いきたい…」と言い出した。このことは昨日も微妙に口にしていたが、僕らは生返事をして行く行かないをにごしていたこと…。
 3時過ぎ仕方がないので買い物がてらダイエーに行き、トミカの自動車の運転ゲームを1回やらせた。ダイエーにはレンタルDVDショップやDPEがあるのだが、妻が言うには今日は1枚150円の日であるとのこと。そんな訳でまずは怜王が見たいと言う映画ドラえもんの「のび太の宇宙小戦争<第6作>」妻が選んだ「ドリーム・ガールズ」、そして僕が気になって手にしたのは伊スペイン映画の「パンズ・ラビリンス」。
 夕飯を食べ順当に怜王が8時過ぎに眠った後、まずは僕が選んだ「パンズ・ラビリンス(http://www.panslabyrinth.com/)」を見たのだがこれが単なるファンタジーではなく人間の中にある欲であるとか残忍さそして深層心理が生々しく描かれていて妻とふたりで何度も眼を背ける始末…。
 このDVDがドラえもんなど子どものコーナーに置かれていたなど、信じられないこと…。おそらく店員はこの映画を見ていず、ラビリンスであることや主役の女の子の雰囲気がいかにもファンタジーっぽいところから表を見せて並べていたに違いない。
 現に何も知らない僕自身DVDを手にとりストーリーを読んでも、これほど残忍なシーンがあるとは想像だにしなかった…。怜王に見せなくて良かった、そう思った。微妙に後味に包まれながら、眠りについたのであった。
2009年05月07日(thu)  No.97

5月5日

 昨夜8時半過ぎに寝た怜王は、夜何度か目を覚ましたものの朝6時くらいまで珍しくぐっすり眠っていた。起きて来たときもかなり気分良さそうで、「きょうれおくん いいこ?」などと言いながらキッチンへやって来た。
 今朝の怜王の朝ご飯は、じゃこのおにぎり。と言っても朝はあまり食べようとしない怜王で、半分も食べずに「もうたべらんない…」と言って遊び始めてしまった。デザートにヨーグルトを食べさせた。
 7時半過ぎ、実家の父から「今日ちょっと寒いかも知れないから、怜王に薄着をさせないように」」と言う電話が入った。父は心配性なので、今日怜王を連れて変えると1週間前に電話を入れた時も、「何時頃来るんだい?」と時間を気にしていた。昔からそうなのだが、父は「超心配性」なのである。
 いつも幼稚園に行く時間と同じ、9時15分過ぎに部屋を出た。「昼過ぎから雨」と言う予報は外れ、すでに降り始めていた。
 東横線で隣駅の自由が丘に行き、大井町線に乗り換え大井町まで。京浜東北線で品川にでて、実家にもって行くお土産を購入し総武横須賀線に乗り津田沼、さらに総武線に乗り換え幕張駅下車。実家のある幕張駅までは、都立大学からはかなり遠く乗り換えも多い。怜王も飽きてしまうわけだが、最近ではぐずらなくなり移動も楽になったのである。
 実家に着くと、父と母が元気に迎えてくれた。怜王はおばあちゃんが大好きで、手を洗ってお昼を食べ終えるとおばあちゃんを誘って京成電車が見える奧の部屋へいっしょに行きずっと楽しそうに遊んでいた。
 そう言えば玄関に、56年前の端午の節句の人形が玄関に飾られてあった。つまり僕が生まれたときに両親が購入した金太郎の五月人形である。その人形が入っていた函の中に「怜王ちゃんが描いたみたいな絵があるんだよ。これ陽一が描いた絵だと思うんだけど…」と言うので見てみると、確かに怜王が描く絵のようなモノが…。
 11時半頃から4時過ぎくらいまで実家にいて帰路についたのだが、帰りの電車の中でも怜王はご機嫌で楽しい1日となった。
2009年05月05日(tue)  No.96

5月4日

 昨夜あまり目を覚まさずに寝ていた怜王だが、早朝3時半頃突然目を覚ましふとんを蹴飛ばしてはねのけ座り頭をかきぐずりはじめた。いくら何でもこんな時間に起きられてはたまったものではないので、ひたすらおだやかに横になるよう誘導し背中をさすってあげるとそのまま眠ってくれた!
 眠りはしたが今度は僕の方が眠れなくなってしまい、夢うつつにならないまま5時くらいになったところで記憶が途切れた…。記憶が甦ったのは”仕事で新幹線に乗ることになっていて待ち合わせの銀の鈴に集合時間の5分前に到着しベンチに座ってスタッフを待っていると寝不足でそのまま眠ってしまい、気がつくと新幹線の出発10分前…。
 チケットはスタッフが持っているはずだがそのスタッフ見当たらない…。仕方がないので入場券を買おうとチケット販売機の前まで行くが、財布を開くとお札かと思ったのは名刺ばかり。小銭もまったくない…。どうしよう、と焦ったところで怜王が布団の上に座って頭をかいている姿が目に入った。
 嫌な夢である。だが夢で良かったと思うが、現実は怜王が目を覚まして起きようとしている…。せめてあと1時間寝ていたい今日は切実にそう思たので、飲みたいと言う「ぎゅうにゅうかるぴす」を少量作って飲ませ怜王にもう少し眠ることを伝えると、飲み終わった怜王はトイレに行ってふとんに潜り込み信じられないことにそのまま眠りについてくれた!そんなわけで瀬戸際?で、爆睡することができた。
 6時半起床。まだ椅子から落ちて脇腹を強打した余韻が残っていて、仰向けでしか眠ることが出来ない(寝返りをすると腰痛のときのような鈍痛が、だんだん弱まりつつあるが左脇腹背面を突く…)ため背筋あたりが日常的に筋肉痛なのである…。
 7時過ぎ起きて来た怜王はとても機嫌が良くテレビ東京の「おはスタ」が見たいと言うので携帯ワンセグで見せていると、急に画用紙を取りに行って絵を描き始めた。「おはすたの おにいさんとおねえさんが ちょこれーと たべてるところ」であると言う。
 鞄を持ってウインクしているお兄さん、ミニスカートでハイヒール?をはいて可愛らしくポーズをとるお姉さん。1分ほどでよくこんな表情豊かな絵が、描けるものだと感心する。朝ご飯は、納豆とじゃこのふりかけ、それに豆腐のみそ汁をほぼ完食。まずまずのスタートである。
 朝食後怜王をキッチンの椅子に座らせ、髪を切る。我が家には散髪用のハサミとスキバサミ、それにスクだけでカット出来る散髪道具もあるので髪を切るのはあっという間。と言っても理容師ではないので自分が散髪をしてもらうときの理髪店のおやじさんのハサミさばきを思い出して切るのである。
 以前の怜王はハサミ自体を怖がってなかなか切らせてもらえなかったが、今は髪を切るのが嫌ではないようで素直に椅子に座っていてくれるので助かる。どうにかカットし終わり、怜王といっしょにお風呂に入った。
 12時少し前妻が仕事の打ち合わせで出掛けた後、怜王を連れキックボードを持って(バッグにはミノルチナPとルミックス30FX)碑文谷公園へ。まずは砂場で持参したプラスチックのスコップやバケツでひとしきり遊び、久々にキックボードの練習をしその合間にタンポポを摘んで吹いたりつまんだリ。
 そしてそろそろ帰ろうと言う時に、ちょっと一休み。碑文谷公園を十分に楽しみ自販機でカルピスウオーターを飲む。さらに帰りがけにダイエーに寄って買い物をし帰宅。
 4時半過ぎ、妻が帰宅。5時半過ぎ、いつもより早めの夕飯を3人で食べる。さて明日は千葉の実家に、怜王を連れて帰郷する日。天候は昼過ぎから雨…。ゴールデンウイーク中一番天気が悪い日に帰郷が重なってしまった訳だが、それでも帰ったら帰ったでどこかに出掛けるという予定はないので実家でのんびりしてこようと思う。
 と言っても泊まりがけではないので、実家には45時間居れば良いところで慌ただしいと言えば慌ただしい。がともかく連休最後の6日までは、怜王を飽きさせないよう毎日楽しく過ごせたらと思っているのである。
2009年05月04日(mon)  No.95

5月3日

 昨夜8時半過ぎに眠った怜王は、11時過ぎそして深夜零時過ぎ、そして早朝4時と目を覚ましてかゆがりその都度背中をさすってあげて寝かしつけると繰り返した。4時に目を覚ました後背中をさすって寝かしつけた後、僕は目が冴えてしまい5時過ぎまで寝付けずにひたすら目を閉じて横になっていた。
 そしてすーっと睡魔がやって夢の断片がランダムに脳裏を錯綜しはじめ「ああそろそろ眠れるな…」と思ったその瞬間、「かゆい… せなかかいて…」と言う怜王の声…。声がする方を見ると、怜王は布団をはねのけ座り込んで頭をかいていた…。
 背中をさすってあげたりしたがどうやら怜王の睡眠は十分のようで、「もうおきる」と言ってきかない…。そんな訳で昨日の日中「ねむいねむい」と言っていたことも「朝早く起きない方が良いよ」と言う僕が言ったことも忘れた怜王は、いつものように早起きをするのであった…。
 日曜日は6時半から9時まで、テレビ朝日と日本テレビで子ども番組が目白押し。だがしかし面白がったのは6時半からの「ねぎぼうずのあさたろう」と7時からの「ヤッターマン」で、他の番組はあまり見ずに別の遊び(絵を描いたりもしていたがその中の1枚が飛行機(JALのようだ…)を描いていたのだが操縦席らしきところに人がいるので誰かと聞いてみたら「れおくん」であるそうな。それにしても、良くこんなに可愛い絵が描けるものである)をしていた。
 午後から恵比寿ガーデンプレイス広場で開催されている、「スイスイ!フィイジー!とルーシー・カズンズの世界(http://gardenplace.jp/weblog/goldenweek.html)」へ怜王を連れて行く。
 このイベント昨年は行けなかったが2年前には、「ぞうのエルマーと仲間たち」が開催されていて見に行った時怜王が楽しそうにしていたので今年は必ず行こうと決めていた。
 今日はローライマジックIIとミノルチナPにリバーサルフィルム(E100VS)を入れ、ルミックスFX30がサブと珍しい機材チョイス。
 東横線で中目黒まで行き、日比谷線に乗り換え隣駅の恵比寿駅下車。アトレの中を通り動く歩道に乗って恵比寿ガーデンプレイス前まで。広場に入ると「ぞうのエルマーと仲間たち」の時同様、記念写真を撮る小さな舞台があってそこでひとまず一枚。
 まず怜王がやりたいと言ったのは、「スイスイ!フィジー! シーアドベンチャー」というボート遊び。15分ほど待って、手漕ぎボート初挑戦!最初はまっすぐ進まず困った顔をしていたが、後半はスイスイ進みまずは上手に遊ぶことができた。
 次にやりたいと言ったのは「スイスイ!フィジー!ふわふわ」というエアー遊具で、思いっきり飛び跳ねたり楽しそう。それに年中さんになって同じクラスになった女の子Mちゃんとばったり会い、さらに楽しそうであった。
 そして最後は待ち時間40分と言う「スイスイ!フィジー!マリントレイン(潜水艦をイメージしてデザインされたタイヤ式電気列車)」に乗り3時過ぎガーデンプレイスをあとにし「アトレ恵比寿に巨大屋上庭園(http://www.shibukei.com/headline/6051/)」と言う、うたい文句にひかれ行ってみるがほとんど誇大広告と言った感じでがっかり…。
 がっかりはしたが連休中であるにもかかわらず人もあまり居ず、屋上の開けた空間でベンチに座りゆっくり出来たのはラッキーであった。
 東急ストアに寄って、帰宅したのが5時頃。いつも思うのだが、怜王と出掛けると1日がとても早く感じる。明日は妻が建築家のMさんとの2回めの打ち合わせで非厂擇らで描けることになっているので、帰ってくるまで怜王といっしょということ。つまり今日よりハードな日になる?ということ。
 怜王はすでに「ひもんやこうえんで きっくーぼーど やりたい」と明日やることを決めているようなので、明日は碑文谷公園へキックボードを持って遊びに行くことになるだろう。独身のときは連休と言えばカメラを持ってふらりと撮影に出ることが多かったが、さーて連休だ!と思っても自分の時間を捻出するのは至難の技なのである。
2009年05月03日(sun)  No.94

5月2日

 もう4時半だ5時半だと言って特別に早起きを怜王がすると言うのではなく、4時半から5時半の間に目を覚まし起きることが日常化している今日この頃怜王は5時20分に目を覚まし「あのね おおきなはなくそがあって とれない…」と言った。
 毎朝けっこう意表つかれるような言葉を吐く怜王だが、昨日の朝も確か「はながかみたい…」と鼻くそがらみのことを口にしていたような気がする…。
 そのまま起床しキッチンへ行くと、昨日買ってそのままテーブルに置いておいたスイートコーンの缶詰を手に取り、「すいーとこーん たべる」と言う。食べたいものが見つかったならそれを中心に好きなものを並べて朝ご飯にしようと、豆腐とゆでて輪切りにしたオクラ(☆の形が気に入ったのか、ふだんは緑色の野菜類を口にしない怜王が唯一美味しいと言うのがオクラなのである)にご飯を添え、ご飯に青のりを少々ふりかけたものを作って出してみた。
 面白いことに、みるみる平らげ完食。味付けは醤油なのだがかなりヘルシーな朝食で、僕らも同じものを食べるべきだなぁなどと思いつつもたまごなどを使った料理を作ってしまうのである。9時15分いつものように、妻に連れられ幼稚園バス乗り場へ向かった。  
 今日は土曜日でお迎え(鯉のぼりを園児たちは作っていて、その鯉のぼりが大きいようで親が迎えに行ってもってあげないと帰ってこれない…それくらい大きいらしい…)なので、妻はバス停まで送ったその足で目黒まで行き時間をつぶして11時半にH幼稚園へ怜王を迎えに行くのである。
 12時半過ぎ、妻と怜王が帰って来た。手早くお昼を済ませ1時半過ぎ3人で、都立大学駅に向かう。パスネットカードを怜王に手渡し改札を通過しホームに上がると、「ねむい… がまんできない…」と怜王が急に言い出した。さらに「すわりたい…」と言っても電車が来てしまったのでそのまま乗り込むが、「だっこ…」と言うので一駅だけだっこしてあげたのだが僕自身も脇腹あたりにダメージを負っていて長時間怜王をだっこするのは不可能…。
 とはいっても怜王が言う「だっこ」は例えば叱られたときまだ怒っているのかどうか探る場合もそう言うし、単純に「だっこ」などと言って僕らの気を引こうとする場合もあるので悲壮感はない。
 そうこうしているうちに渋谷に到着。銀座線に乗り換え、青山一町目駅下車。怜王の手をとり山王病院へ向かうが、この辺り取り立ててクルマが少ないとか人が少ないとか言うゴールデンウイークならではの風景に出会うことはなかった。
 5分ほど六本木方面に歩いて、山王病院に到着。待ち合わせロビーに入ると、意外にも人(患者)は多かった…。
 がアレルギー専門の先生の小児科外来はほぼ予定どおりであるようで、怜王は2時45分過ぎに呼ばれ順当に診察を受けることが出来た。診察は順当なのだが、そのあとの処方してもらった薬が出来上がるまでが時間がかかり(時間はかかっても、怜王は院内にプレイルームがあるので十分楽しんだようだ<<楽しんだようだというのは、診察が終わると僕は支払い(無料だが…)の手続きと処方された薬の受け取りをするためロビーで待つ役で妻は怜王と一緒にプレイルームにいる役なので…>>」)山王病院を出たのは4時少し前であった。 
 こうして帰路につく訳だが、帰りに買い物などをして変えると結局5時をい回ってしまいあっという間に夜になり夕飯と病院に行くだけで1日はあっという間に終わってしまうのである。
 毎日早い時間に起きている怜王であったが、そのしわ寄せが今日病院へ行く時に言った「ねむい…」に現れた。眠い眠いと言っているとき、朝もう少し遅くまで寝ていた方が良いじゃないのと言っては見たが、明日の朝それを実行出来るかどうかは疑問である…。
 そんな怜王は8時半過ぎ、今日はひとりで眠れないようで「せなかかいて…」というので背中をさすってあげるといつものようにあっという間に寝息が聞こえて来た。朝までぐっすり寝て欲しいが、夜中と早朝にかゆがって起きることは必至…。僕も頃合いを見計らって、いつもより早めに布団に入ったのであった。
2009年05月02日(sat)  No.93

5月1日

 5時半になろうとする頃、「○×△□…」と聞き取り不能な言葉を口にしながら布団からでてぐずりはじめた。何のことかさっぱりわららず、もっとゆっくりそしてはっきりしゃべって欲しいと言ってみたが言えば言うほど難解なその言葉の意味を探査していると鼻水が微妙に出ているのが見えたので「鼻かみたいの?」と言うとうなずいた。
 自分でティッシュを取って鼻をかむように言ったが、甘えん坊ちょうたいになっているようなのでティッシュを取って手渡すと”ふんふん”やって鼻をかんでいた。かみ終わるとぐずっていたのがうそのように、さばさばした雰囲気でキッチンへ。我が家の朝は早いのである…。
 さて今朝の怜王の朝ご飯は何にしようかと思っていると、「かれーがたべたい」と言う。朝からカレーか…と思うのだが、食べたいと言うのでは仕方がない。顆粒状のカレー粉を使い、速効で作り食べさせた。
 9時15分今日は僕が、怜王を幼稚園バスのバス停まで連れて行くことに。まる1ヶ月ギプスをしていたので久しぶりに自分の足で歩く事が嬉しいのだろう、かなり大げさ(モンティーパイソン http://www.youtube.com/watch?v=IqhlQfXUk7w&feature=related みたいな感じ?)な歩き方で、喜びを表現していた…。
 考えてみれば怜王が年中さんになって、今日は初めてバス停まで送りに行く日。今年は年少さんがたくさんいて、バス停付近はとてもにぎやかであった。バスが動き出すのを確認し、お母さんたちに挨拶をして帰宅。怜王が帰るまで、iBook G4に向かい調べものをする。
 12時半過ぎ、妻に連れられ怜王が帰って来た。ギプスが取れてパワーアップしているようで、歩き方も軽快である。
 今日の怜王のお昼ご飯は、ライスバーガー。と言っても買って来たものではなく、ハンバーグを作りご飯をつぶして粘りを出しハンバーガーのパンのように丸くしてオーブンで焼き、昆布だしと醤油それに砂糖を入れた水を沸騰させコーンスターチで濃いめにとろみをつけたものをハンバーグに絡めライスでサンドイッチしたオリジナルなのである。
 ひとくち食べた怜王は「うめえーっ!」と生意気な口調でではあるが、美味しい事をアピール。作ったかいがある、と言うものだ。そしてお昼を食べ終わると、今度は「おでかけしたい…」と来た。ギプスをしていたときはなるべく足を使わせないよう、外に出る事もかなり制限して来たので晴れてギプスが取れたので大手をふるって「おでかけしたい」と言ったのであろう。
 とはいえ怜王のお出かけはトーマスの自転車に乗って、東急ストアかダイエーに行くという至ってシンプルなこと…。ひとまず買い物もあったので、ダイエーへ行くことに。
 ギプスをしていたときはトーマスの自転車のペダルも漕がさず移動は僕らが押すことであったが、今日はもう自力で漕いで進む。ただしばらく漕いだりしていなかったので、体力的にやわになって来ているようで「あぁ〜つかれた…」などと大人びたことを何度か口にしていたが、往復10分の道のり(行きは緩やかな下り坂だが、帰りの上り坂が少々きついのである)をほとんど自力で漕ぎ通した。
 帰宅後もじっとしているところを見かけることなく、終始動き回って遊び続けた。夕飯は妻が初めて怜王に冷やし中華を作ってだしたのだが、細く切ったキュウリがまず食べられず…、麺もほんの少ししか口にしなかった。
 僕自身スープのない冷やし中華やざるそばなど好んで食べる方ではないので、キュウリのことはともかく冷やし中華に対して反応がないと言うのは分からないではない。結局残した冷やし中華は僕が食べ、怜王はハムと麺を少々口にしただけで夕飯を終えた。
 そして眠る前にホットミルクを飲ませると、美味しそうに飲み干ししっかり自分で歯ブラシにキシリトールとフッ素が配合されているムーミンの絵が描かれている虫歯予防は磨き<こども「キシリデント>」で歯を磨いて8時50分布団に入った怜王は、「ひとりじゃねむれない…」などと言ったりはしたが背中をずっとさすてあげるとあっという間に眠りに落ちて行った。
 さて明日幼稚園に行き午後からアレルギー検診のため青山の山王病院へ行けば、人並み?にゴールデンウイーク(世の中的には、すでにゴールデンウイークの折り返しではあるが…)である。
2009年05月01日(fri)  No.92

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