ys diary
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4月30日

 怜王が目を覚まし「もうおきる…」と言ってぐずり始めた。時間を見ると4時40分過ぎ…。そしてさかんに「6じになった?」と聞いてくるので、6時じゃなくてまだ4時45分くらいで6時まで1時間以上あることを説明するが「もうおきる…」を繰り返す。仕方がないのでいっしょに起き、「ぎゅうにゅうかるぴす がのみたい」と言うので飲ませる事に。
 何で6時にこだわってるのか分からなかったが、牛乳カルピスを飲み終えるとおもむろにテレビのリモコンを手にしテレビ東京にチャンネルを会わせて見始めた。テレビではニュースが流れていて、それをじっと見ているので何が見たいのか聞いてみると「おはすた」と言った。
 ネット検索で「おはすた」を調べてみると、始まる時間は6時45分…。その事を説明するが怜王はテレビの下に置いておいたプレステの取扱説明書を発見し、ページをめくりプレステとテレビが接続されている部分など穴の開くほど見ていた。
 そして「このぷれすて ふるいの?」「れおくんが うまれるまえからあるの?」そうだよと言うと、「200ねんまえくらい?」と意表をついた数字を口にするのであった…。
 6時45分になって「おはスタ」が始まったが怜王の口から出た言葉は、「ちがう…」であった。何が違うのか…というと、月曜から金曜まで毎日出演者ば微妙に違いメニューも違う(http://www.tv-tokyo.co.jp/oha/)のであった。聞いてみるとレオナルド・ダ・鉄拳が出演している、水曜日が良いのだそうだ。と言いながらも、楽しそうに見入っていた。
 そして7時半を前にした時僕が子ども番組見なくていいのと聞くと、「いいの でぃずにーたいむ みるから」と言う。ディズニータイム(http://ani.tv/dt/)とは、7時半から始まる番組なのであった。何でも良く知ってるものだと、感心する…。
 幼稚園に行くまでの間、いろんなものを集め自動車のような形のオブジェを作りご満悦!
 9時15分過ぎ、怜王は元気に幼稚園バス乗り場へ妻のママチャリで出掛けた。世の中連休に突入しているのだが、我が家は怜王が幼稚園に行っているので通常どおり。
 12時半過ぎ怜王が妻といっしょに帰宅。お昼ご飯を食べさせ1時15分怜王をトーマスの自転車に乗せ、後ろから自転車を押しながら都立大学駅前のH病院へ。レントゲンを撮りM先生に診断してもらった結果「完璧に治ってますね!ここ見てください、ちゃんと骨が出来てるでしょ!」とM先生!
 1ヶ月ぶりにギプスがとれ、さっそく持って来た靴下をはかせさらにスニーカーを!嬉しくてたまらない怜王ではあったが、「なんかちいさい…」と言いながら何度かスニーカーを履いたり脱いだり。1ヶ月ギプスに守られていたので、微妙な違和感を感じているようだ。
 そんなれおは診察室を出る時怜王はいつもなら「ばいばい」とM先生に言っていたが、今日は「ありがとうございました」と信じられないような言葉を口にした。
 1ヶ月一度も「ギプスを取りたい」と言わなかった怜王に、ご褒美でレンタルビデオショップで大好きな「パーマン」そして「ゲゲゲの鬼太郎」をレンタルししっかり自転車のペダルを漕いで元気よく帰宅。
 少し休憩し、RICOH GR DIGITALIIをバッグに入れ銀座へ。今日はワークショップ写真学校森山大道教室の同窓生、HさんとEくんの二人と久しぶりに会う約束があるのだ。
 3時半過ぎ、日比谷線の日比谷駅下車。待ち合わせの5時まで銀座界隈をスナップし、4丁目ポリスボックス前でふたりと合流し某居酒屋へ。10時くらいまで、歓談したのであった。
2009年04月30日(thu)  No.91

4月29日

 5時半前怜王が目を覚まし、「もうおきる…」といってぐずりだした…。昨夜怜王が寝たのは9時過ぎで、何度か目を覚ましたりして履いたが比較的良く眠っていたのでここまでの睡眠時間はおよそ8時間弱。せめて6時まで(たった30分だが…)寝て欲しいと思ったが、起きたいと言うのでは仕方がない。いっしょに起きてキッチンへ行き、飲みたいと言う牛乳カルピスを飲ませたのである。
 そういえば昨日あたりから「Mせんせいに てがみかく」と怜王が言い出し、さかんにM先生のなまえを紙に書き始めた。M先生とは怜王がH幼稚園に入園した時の最初の担任の先生のことだが、年中さんになった4月の始業式にそのM先生の姿はなかった…。
 M先生はH幼稚園で最年少(二十歳を出たくらい)の先生で、僕らも信頼をおいていたとても明るく子どもたちにも人気があった先生である。怜王は入園したときからM先生が大好きで、運動会やその他行事があった時に幼稚園に行くと必ずM先生の側に怜王がいた。
 どんな理由で退職したかは分からないが、年中さんになって1ヶ月。ようやくM先生がH幼稚園をやめた事を怜王は実感して来たに違いない。M先生から自宅の住所で年賀状をもらっているので、怜王の手紙を同封し1年間のお礼の手紙を送ろうと思う。
 朝食をいっしょにとった妻は、昨日から風邪気味でのどが痛いと言って再び睡眠。たいがいいつもそうなのだが、妻と怜王はだいたい同じような時期に風邪気味だったりするのだが僕だけ風邪らしい兆候が出てこない。
 そんな怜王も昨日妻と似たような感じで鼻がぐずぐずしていたが、今朝は取り立てて風邪っぽいと言う感じはないように思えた。
 朝食を食べしばらく怜王は僕のiBook G4を陣取り、ゲームに興じていた。その間にここ半年怜王を撮影した写真にナンバーリングをする。怜王が生まれてデジタルで撮影を始めてから昨日魔で保存した画像データの総数は”7222カット!”
 11時過ぎDRUG15号が宅急便で届けられた。ともうひとつ大きな荷物があって何かと思ったら、DRUG創刊メンバーでありお散歩写真なかもでもあるYさんの3冊めの自費出版写真集「トーキョー・テリーヌ(B5ハードカバー・ハードケース仕様、\3000 DRUG出版)」が届けられた。素晴らしいスナップであり愛ある写真集なのである。
 1時仕事の打ち合わせのため、妻が出掛けた。この仕事は知り合いの某カメラメーカーTさんから僕経由で紹介された建築家M氏のHPの立ち上げなのである。
 妻が出掛けて1時間ほどしてから、朝から「とうきゅうで きょうりゅうの おもちゃが…」と怜王が言うのでトーマスの自転車に乗せ散歩がてら外に出た。今日は暖かいんだか寒いんだか、微妙な気温。
 ゆっくりトーマスの自転車を押し、都立大学駅方向に進む。怜王は補助輪が付いている事を良いことに、ハンドルを左右に切り大きく蛇行しながら何かに(仮面ライダーかも…)成り切っているようだ。
 さて東急ストアに入りお菓子売り場に行くと、怜王はきょろきょろお目当てのおもちゃを探すが、いっこうに見つからない…。聞いてみると前来た時にはあったのに「ない…」とのこと。僕も眼を皿のようにして探すが、怜王が言っていた恐竜の菓子付き玩具は見当たらなかった。
 諦めるかと思ったそのとき「これ かめんらいだーが いい!」と思わぬところに置いてあった玩具の箱を手に取った。パッケージを見ると「仮面ライダー・ディケイドキット2 <ディエンドライバー>」とある。この手の菓子付き玩具、組み立ててシールを貼るものばかりで買うところまでは良いが怜王の年齢では自分で作れず結局僕が作る事になるので少々躊躇した。しかし今日までギプスを頑張れば、おそらく明日幼稚園から帰って来てからH病院に行けばギプスは取れると思うのでお祝いのつもり(と言っても300円ほどのものなのだが…)で買ってあげることに…。
 帰宅後「仮面ライダーディケイドキット2 <ディエンドライバー>」が入っている箱を開封すると、組み立てること自体は複雑ではなかったがシール貼りが細かくやや難儀…。
 打ち合わせに行った妻は、6時近くに帰って来た。あまり乗り馴れない南北線(僕も良く分からない…)の白金高輪下車でバスで帰ろうとしたようだが、バス停が見つからず?時間を食ったようだ…。
 今日の怜王の夕飯は、本人のオーダーでハンバーグカレー。今日は初めてカレーに具を入れずルウのみにし、ハンバーグに野菜をぎっしり詰め込む形にしてみた。するとどうだろう、ルウのお代わりはするは「もうひとつ はんばーぐ」と来た。がハンバーグは大きめのをひとつしか作られなかったのであげる事は出来なかったがともかくぺろりと平らげた。
 そして食べ終わった後お茶を飲むと少しだけテレビを見たりして遊んでいたが、「かれーのふりかけで ごはんたべる」と言う。これは少々食べ過ぎではないかとも思ったが、本人が食べたいの言うのでひとまずご飯を少なめに小さな茶碗に盛りカレーふりかけをパラパラふりかけて出すと、こちらも凄まじいスピードであっという間に平らげた。どうなってるんだろう?
 さて今日怜王は自ら「7じになったら おかたづけする」と言い切っていたが、7時になってテレビで「すぽんじボブ」が始まると食い入るように見始め、いくら僕が7時にお片づけするって居たのは怜王だぞ、約束だぞと言っても聞く耳持たず…。
 結局8時を過ぎお片づけも出来ず、ホットミルクを飲み歯を磨いて8時半頃に布団に入った。そしてだまって様子を見ていると、仰向けで布団を口の辺りまでかけた状態で布団に入って間もなく深い眠りについたのである。
2009年04月29日(wed)  No.90

4月28日

 昨夜8時半に眠った怜王は起きたり寝たりを繰り返しつつ、妻が眠ろうとした深夜1時過ぎ妻の布団に潜り込み眠った。そうして平和な時間が続き僕も久々に良く眠れたと思った5時少し前、目を覚ました怜王を起こして「もうおきたい…」と言う。
 あと1時間寝ていようと説得したが、聞く耳持たず…。仕方がないのでいっしょに起きてキッチンへ行き、牛乳カルピスが飲みたいと言うので飲ませた。そしてこんな時間でやる事もないので、朝ご飯の支度(みそ汁)を始めると、怜王は床に座って頭や腕をかいている…。本当はまだ眠いのである。しかしそれをどうすることも出来ないまま起きてしまったので、半分寝ているような感じ…。
 6時少し前くらいまでぐずぐずしていていつになってもいつものように絵をかいたりして遊ばないのでまだ時間も早いから寝ていていいよと言うと、すくっと立ち上がり寝室へ行き僕の布団に入って「ここでもいい?」と言うので良いよというとそのまま眠りについた。
 一度目が覚めてしまうと眠れない僕としては、ひとまず冷蔵庫からカレイの切り身を取り出し少しだけ生解凍をしてから、小さなナベに入れ醤油とみりんと砂糖を入れ弱火で煮込む状態にしてからiBook G4を立ち上げメールのチェックなどを始めた。今日はかなり冷え込んで入るが、風もなく穏やかな良い天気である。
 カレイの煮付けが仕上がったところでお皿に移し、豚のひき肉とたまごのそぼろとおくらを炒めそれにキャベツとみずなのサラダを添えて朝のおかずの完成。自分が作った料理を撮ってアップするのは気恥ずかしいものがあるが、たまには良いだろう。
 さて5時起きで6時前に2度寝にを始めた怜王は爆睡状態に入り、7時半を過ぎてもまったく起きて来てくる気配がない。そんなに眠いのなら早い時間に起きなくても良いのに…そう思うのだが、まだまだ計り知れない怜王ということでので仕方のない事なのである…。7時30分に妻の携帯アラームが鳴り、10分後にふたりが起床してきた。
 9時15分妻が怜王を幼稚園バス乗り場に送りに行ったあと、数分後に僕はジャベルのシトロエンの撮影に出かけた。東横線で自由ヶ丘乗り換えで大井町線。旗の台で池上線に乗り換え戸越銀座下車。ゆっくり商店街を中原街道方向に歩き、ジャベルへ。
 今日は当初DSの黒を撮影する予定であったが、現在アップされているトップ写真と同じ車種はいただけないと思いDSはDSでも珍しいDS21カブリオレがエンジンを下ろして整備にかかる状態にあったので珍しくエンジンを下ろしこれから整備に入るイエローのシトロエンDS21カブリオレを1階工場で撮影。
 撮影終了後2階事務所でTさんとコーヒーを飲みながら雑談をし、11時半過ぎジャベルをあとに戸越銀座駅へ向かった。池上線に乗り込んでから妻にメールを入れると、原宿にビーズの買い付けに行っていて帰りに怜王をバス停に迎えに行って帰ると言う。
 帰宅後Macを開くと、Y出版社のNYさんより仕事依頼のメールが。日程は5月1日フジテレビで、被写体は細川茂樹(http://ameblo.jp/shigeki-hosokawa/)さんのインタビュー撮影とのこと。
 12時35分、ふたりが帰って来た。相変わらず怜王は幼稚園をエンジョイして来たようで、ハイテンションのまま帰って来た。
 お昼を食べたあとしばらく怜王はテレビを見たりしていたが、「おでかけ おでかけ」と言い始めたので駅前の100円ショップで買わなければならないものがあったので家族で出掛ける。
 怜王の移動は補助輪つきのトーマスの自転車で、妻に押してもらい自宅マンション駐車場から意気揚々と出発。途中タンポポを摘み、ふーっと吹きつつ楽しそう。
 夜になってライターのMYさんから「細川さんマネから連絡がありまして、フジテレビのスケジュールが今出たので見たら、1日は取材開始時間が夜10時頃になってしまい、それだと申し訳ないので、7日か8日に取材日を設けたいと思います。とのことです。ちなみに曽根さんは7、8日は予定入ってますか?」とのこと。さっそく携帯に連絡を入れスケジュール調整をした。 
 明日が休日で幼稚園が休みと言う事もあり怜王が寝る時間についてもふたりとも心なし緩和されていて、今日は気がつくと寝る時間の8時を回っていた。どうにか9時までには寝かせたいと僕らは思っていて、ともかく怜王を昨日頭を洗ったり身体を拭いたりをしていなかったので、ギプスの部分をビニール袋で密閉しお風呂でシャワーをさせた。
 頭を洗い顔からだと、短時間に洗ってあげてすぐに保湿をし寝間着を着せ髪をドライヤーで乾かせた。結果的に眠ったのは9時を回って履いたが、布団に入るとすぐにうつぶせになったのでせなかをさすってあげるとものの数秒で静かな寝息が聞こえて来たのであった。
2009年04月28日(tue)  No.89

4月27日

 5時半すっと布団をはねのけ立ち上がった怜王が、「もうあさだよ おきようよ…」と言いながらキッチンへ歩いて行った。時間が早いな…と布団の中で寝ながら思っていると「はやく あさだよ おきようよう…」とぐずりかけたので仕方なく起床…。
 昨日もそうだったが夜8時前後に普通に眠るのだが、僕らが眠る頃より目を覚まし「せなかかいて…」と言って起きては眠りをほぼ1時間おきに繰り返し、ようやく永い眠りについたのが深夜2時50分過ぎ。
 今月2日よりつけたギプスを「とって」とか「いやだ」と一度も言わないものの、動きが制限されお風呂にも入れない状態がもうじき1ヶ月になろうとしていてストレスがたまって来ているに違いない。
 今週の木曜日つまり30日に先週のM先生から「来週は取れるかも知れないね」と言っていたので、どうにかその日まで気を安定させつつ過ごせるようにしたいと思う。
 さて起きた怜王はまず「ぎゅうにゅう かるぴす」と言うので、牛乳にカルピスを少々入れて飲ませた。朝ご飯は「たべない…」であると言う…。それにストレスがたまっているので、言うことが非常に優柔不断でわがままはピークに達している…。
 そんな怜王のわがまま放題の言動に翻弄されつつ…、ひとまず幼稚園へ送り出すまで僕も妻も事と次第に寄っては爆発することもあるが基本的に「忍」を目指して日々送っている。そして9時15分過ぎ、幼稚園バス乗り場へ妻に連れられママチャリで向かったのである。
 12時半過ぎ、元気よく怜王が帰って来た。怜王がお昼を食べしばらく経った1時過ぎ、妻がヘアカットに自由ヶ丘に出かけた。僕と怜王は留守番と言うことになる訳だが、さて妻が帰ってくるまで怜王を飽きさせずにいさせるにはどうしたら良いかと思案した挙げ句、怜王はすでに購入して来た日に見ているが僕はまだ見ていない「WALL-E」のDVDをいっしょに見ることに。
 最初のうちはいっしょに並んで椅子に座ってみていた怜王であったが、20分ほど経過した頃よりそわそわし始めたので見ないの?と聞くと「だって いちど みたもん…」と言う返事が返って来た。
 その後は怜王に邪魔されつつも、どうにかエンディングまで。何とも切ない…、胸締め付けられる結末であった。
 さて「WALL・E」を僕が見終えるのを待っていたかのように「なにかのみたい…」「ぎゅうにゅう かるぴす…」と言うので牛乳カルピスを作って飲ませると、今度は「ゲームがしたい…」と言うので4時半までと時間を区切ってやらせることに。
 とは言ってもPSPとかDSでゲームをするのではなく僕のiBookでやりたいと言うことで、ひとまず夕飯の準備(お米3合を釜にいれてといだだけ)をしてから玄関に近い部屋に置いてあるMacで作業を始めた。
 4時過ぎ妻が帰宅。けっこうショートで、なかなか良い。妻はお菓子の類も買って帰ったので、怜王はご機嫌。
 夕飯を食べた後怜王はテレビを見たりしていたが、妻が髪を切りに行っている時に「きょうは じちじから おかたづけする」と言う言葉を実践する時間がやって来たので怜王に「7時過ぎたよ」と言うと「あっ じちじだ!」と口では大げさに驚いたりしているもののいっこうに行動が伴わない…。
 そしてこのところずっと続いているお片づけをしない時間が10分経過し30分経したところでもう一度、「7時食んだよ お片づけ同したかな?」と言うと先ほどと同じように大げさに驚くもののやはり行動が伴わない…。
 これはどう考えてもルール違反なので少々強く片付けないといけないし約束は守らないといけないよという説明を何度かしていると、すごすごと片づけを始めた。そして歯を見が貸せて寝間着に着替えさせ保湿剤をぬってあげると、時間は8時半。予定より30分遅くなってしまったが、まずまずの時間に眠ってくれたと思う。
 怜王が眠ってすぐキッチンのテーブルに置いたiBook G4で、「バイオハザードIII(http://torennto.blog8.fc2.com/blog-entry-121.html)」を見る。ミラ・ジョヴォヴィッチ(http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=46874) のはまり役だが、それにしても削ぎおとされた中性的なシェイプ。凛々しい顔立ちと精悍でワイルドな瞳。彼女の表情や動きを見ているだけで、真近でスポーツ選手を見ているような感動を憶える。
2009年04月27日(mon)  No.88

4月24日

 5時起床。昨夜零時あたりから怜王のギプスをした足がどういう訳か僕の身体の方に向いて来て、寝返りなどの時のタイミングでまだまだ痛い脇腹に何度かあたったりした。その何度か目が5時と言うことで、これ以上寝ているとまずい状況になると可能性が高いと判断し少々眠いが起きることにした。
 とこれは昨日の朝5時に起きなければならなくなった状況なのだが、今朝も5時起きであった。今朝はと言えば4時50分頃だったろうか突然怜王が目を覚まし布団をはねのけ座り込み「かゆい かゆい…」と言ったことに始まり、それならと背中をさすってあげているうちに眠ってしまって、まだ早い時間なので後1時間くらい横になっていようと思ったがどうにも寝付けずに起きたと言う訳だ。
 昨日の朝も寒かったが、今朝もヒーターのスイッチを入れたほど寒かった…。怜王が起きてくる前にと、メールチェックをしたり、朝ご飯の支度をしたりした。
 6時過ぎ、怜王が目を覚ました。昨日H病院に怜王を連れて行ったのだが、先週のM先生の口調からもしかしたら今日ギプスが取れるかもと思って行っていざレントゲン撮影の後診てもらうと「早いね〜もう新しい骨が出来て来てる!」「念のため、あと1週間ギプスをしたままにしておこうね!」と言った。つまり来週ギプスが取れると言うこと!
 朝から快調で「きのうたべた あの かれーたべる」というので、お皿にご飯を盛りつけてカレーをかけてあげた。「あの かれー」というのは、お弁当などに携帯出来るスティックタイプのカレー(http://www.ezaki-glico.net/choitabe/index.html)のこと。 
 来月連休明けから幼稚園のお弁当が始まるので、食べさせてみて美味しく食べられるならお弁当に持って行けるかも知れないと昨日試しに購入したのである。昨夜はハンバーグを作ってハンバーグカレーにして食べさせたのだが、美味しい美味しいと完食。その余韻があったのだろう、今朝も食べたいといい完食をしたのであった。
 9時15分過ぎ「そのままビーズの買い付けに行ってくる」と言う妻といっしょに、怜王は元気よく幼稚園バスの停留所へ向かった。
 ふたりが出掛けたあと、ゴミを1階駐車場脇のゴミ置き場へ持って行ったり、掃除をしたり。そして久しぶりにiTunesのラジオでアンビエントやエレクトリックなどを音量を上げて聴いたりした。
 12時過ぎ怜王が妻に連れられ帰って来た。相変わらず楽しそうにしていて、作っておいたピザ風食パンとりんごジュースを平らげた。
 3時半過ぎ、RICOH GR DIGITALIIを持って渋谷に向かう。入手したばかりのminoltina-Pで撮影したリバーサルフィルムの現像を渋谷のビックカメラに出したのを受け取るのと、渋谷の街をスナップして歩きたかったので受け取りの2時間ばかり早めに部屋を出たのである。
 東横線の南口から下車し、歩道橋を渡って桜丘町、南平台町と歩きさらに神泉、道玄坂と来て宇田川町へ。歩きなれたコースではあるが1時間半ほどかけてスナップしつつ移動。そしてパルコのLOGOS(http://www.parco-shibuya.com/page/shop/detail/?id=646)とHMVに立ち寄り5時45分ビックカメラへ。
 支払いを済ませ外に出てからスリーブを空にかざすと、セレンの劣化はほとんどないと言っても過言ではないくらいの素晴らしいレベル!
 minoltina-Pの発売は、東京オリンピックが開催された1964年。この個体が64年製造として2009年の今年までに、すでに45年が経過している。セレンメーター恐るべし(ローライマジックも1960年代製造で、ゴッセン製のセレンメーターは今だ健在でオート露出での撮影が可能)である!
 6時過ぎ帰宅。ビューワとルーペで、露出や光線ひきなどのチェック。リバーサルフィルムで、ここまで安定した露出と色再現は素晴らしいとしか言いようがない。もうフィルムで自分の写真を撮ることはないだろうと思っていたが、やはり捨てがたいモノが銀塩にはある。それにフィルムカメラにも。
 写真が仕事になってからも、僕はコンパクトカメラを良く使っていた。もちろん一眼レフや中判カメラでなくてはならない仕事が大半だったが、こと自分の写真や月刊カメラマン誌などの連載では効力を発揮した。
 どんなコンパクトカメラを使っていたのかと言えば、まずプロになる前はオリンパスペンやコニカC35。そしてプロになってからミノルタハイマチックF。このカメラはかなり紙面をにぎわせたことがあり、大好きなカメラ。
 そして広角28mmを装備したフジのトラベルミニが出たときは真っ先に購入し、ずいぶん長い間使っていた。トラベルミニが使いすぎて調子が悪くなりかけた頃に同社よりティアラが発売され、ティアラフジノンレンズ搭載と言うことでとてもシャープで切れ味の良いレンズだったのでこちらもずいぶん使い込んだ。
 この間オリンパスXAは自分の写真専用機のように使い続け、現在も3台所有。そしてとどめはオリンパスのμIIで、今でも現役。デジタルになっても一眼レフよりコンパクトの方が好きで、RICOH GR DIGITALIIなどは手放せない1台になっている。
 それはともかく、フィルムではもう撮影しないと思っていたのがどうしてもう一度撮ってみたいと思うようになったのか?それはワークショップ曽根塾の撮影実習がカラーネガフィルムがベーシック(撮影後スピード仕上げをする都合上、カラーネガフィルムである必要がある)であることと、コダックフォトスクールの撮影実習がリバーサルフィルムを使用からかも知れない。
 曽根塾は年4回、コダックフォトスクールは年3クールで、1クールの撮影実習は2回。つまり6回ということで曽根塾とあわせると、少なくても1年に10日、フィルムで撮影をしていたことになる。数が数えられると言うのはかなり少ないと言えるが、仕事が今現在100%デジタルになってしまっていることを思えば、少ないが僕に再びフィルムでの撮影をする切っ掛けを作ってくれたのがこのふたつの撮影実習といえるだろう。
 帰宅すると怜王はまだ僕のiBook G4で、ゲームをしていた…。しかし僕の顔を見てまずいと感じたのか、名残惜しそうに液晶をとじた。そして夕飯に納豆ご飯を食べさせたのだが、食べ終わってすぐに「ごまの おにぎりが たべたい」と言う。すごい食欲だが、食べないときもあるので、速効でにぎってごま塩をふりかけ海苔でまいて食べさせた。
 この日の怜王はぐずぐずはしたものの、ひとりで8時丁度におもちゃなどお片づけを済ませた。そしてホットミルクを飲み歯を磨いて8時15分過ぎ布団に入ったので「今日はひとりで眠れるかな?」と声をかけると、小さな声で「ねむれない せなかかいて…」と言うので保湿剤をぬりつつ背中をさすってあげるとものの数秒で眠りについた。
2009年04月24日(fri)  No.87

4月22日

 昨日は何もしないまったくの休養日にしようと思ったが怜王が幼稚園へ行っている3時間ほどの間にポジフィルムの整理をし、自分自身で重要であると思われる300カットほどいつでも見ることができるように保管場所を移動したりした。
 そして怜王が眠った7時半過ぎから、キッチンのMacのモニターで妻とソフィア・コッポラ(http://www.imdb.com/name/nm0001068/)の「Lost in Translation(http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=4546)」を見る。スカーレット・ヨハンソンの気持ちを抑えたような表情と演技、ビル・マーレーの淡々とそして懐の深い存在感で東京にやって来たふたりが、それぞれの立場でかいま見る異国である日本(渋谷が中心)の生活風習慣習などのギャップ等とても興味深く描かれていた。
 監督をしたソフィア・コッポラの日本の友人たちの出演者の人選( DIAMOND☆YUKAI 、林文浩 、竹下明子 、HIROMIX 、NIGO、 藤原ヒロシ 、今井茂雄 、 北村信彦 等々…)、そして人の心の奧にある心情を優しくそしてさりげなく描くその感じには独特のものがあるように思えた。
 早朝4時半過ぎ、怜王が目を覚まし毛布をはねのけて腕や足をかきはじめた…。昨夜7時くらい早々と眠った怜王は、起きるまで激しい寝返りを繰り返し、自分の布団と僕の布団の上でほぼ一回転しごろごろ僕の方に転がったりしていてその中で2度こともあろうに治療中の僕の左脇腹あたりにギプスの足をぶつけて来て涙が出そうなくらいの痛みが…。
 起きた本人にそのことを言うと「…?」と、まったく憶えていないようだった…。おそらく寝てから起きるまで夢遊病者のような感じで、トイレに行ったりしはしたが記憶にないのだろう。だがしかしそれにしても起床時間が早すぎる…。
 そんな怜王は6時を過ぎた頃から、DVDで「チップとデール」をげらげら笑いながら見ていた。見ている間に塩昆布をご飯に混ぜたおにぎりを食べさせ、ともかく朝食を食べさせることに成功。
 8時過ぎ昨日同様iBook G4でゲームがしたいと言うので少しだけやらせ、9時15分過ぎ元気良く妻といっしょに幼稚園バス乗り場へ向かった。
 11時半過ぎ、ヤフオクで落札した「minoltina-P」が到着。各部チェクを行う。ボディはほとんどキズなどなく、セレンも勢い良く動きメータ類も制度はともあれノーマルに(2000年くらいにシルバーminoltina-Pを購入し使い勝ってが分かっているのでチェックや比較がしやすいのである)作動!シンクロもセルフタイマーも問題ない。
 裏蓋を開けて見るとフィルム室は奇麗だが、モルトは劣化ファインダーは塵ありくもり気味…。レンズはどうかと言えばホコリは付着しているものの、カビはないようだ。届いた状態からすると、皮ケースに入れたまま保管されていた感じ。
 さらに裏蓋をあけフィルムの圧版を見ると、すれがないのでフィルムを通した回数が少ないことが分かる。それに加え、純正フィルターが付いていたのはラッキーであった。
 12時半過ぎ、妻に連れられ怜王が幼稚園から帰って来た。昨日同様ご機嫌で、手を洗い着替えをすると、ピザ(マルゲリータ)を美味しそうに平らげた。
 2時半過ぎ、妻のママチャリで怜王は虫歯の治療に。玄関で見送り速効でキッチンのテーブルにローリングカッター、メジャー、モルト、木工ボンド、ピンセット、竹串、除光液、キッチンタオルなどを広げ、すでに怜王によって壊されてしまっているシルバーのminoltina-Pとブラックのminoltina-Pを並べた。
 そして劣化しているモルト部分を綿棒に除光液を浸し除去。両面テープタイプのモルトを出来る限り入念に貼付けて行く。がカメラボディー側の溝の部分はなかなか難しく…、何度も失敗をしながらもどうにか完成。
 ともあれリバーサルフィルムでセレンの劣化状態をフィルム感度の変化で段階露光をし、今現在のセレンの能力でのフィルム感度とのバランスを探ることにしよう。ひとまず終了しほっとしたところに、妻と怜王が帰って来た。怜王はマンション近くで摘んで来たツツジを僕に見せ、「ほら きれいでしょ!」と言いながら笑った。
 そしておやつにきな粉餅を妻からもらうと、マクドナルドでゲットした「マダガスカル2」ハッピーセットのキャラの「マーチン」にも食べさせようとしたりで上機嫌!
 損な怜王は快調に遊び続け、あっという間に7時になった。その段階で「明日はH病院にレントゲンを撮りに行くから幼稚園はお休みだけど、夜寝る時間はいつも通り8時だよ」と言うと、「はちじまでに じゅんばんに おかたづけする」と言うので様子を見ているとやはり8時近くなって片付けられずにぐずりはじめた。
 毎日のことで困ったものだが、速く片付けるために手伝ってあげることは出来何ので時々声をかけつ片付けられるまで待つことに。7時くらいから始まって8時を過ぎ、9時10分前くらいにどうにかお片づけ完了。
 布団に入りながら「せなかかいて…」と言う。きっとかゆくないしかいてもらわなくても眠れるはずなのだが、怜王としては安心して眠りたいだけなのだ。案の定背中をさすってあげると数秒で眠りについたのである。
 昨日に引き続き、怜王が眠ってからMacのモニターを見ながらキッチンで妻と映画を見ることに。今夜は「アニー・リーボヴィッツ(http://annie.gyao.jp/)」。ずっと見たいと思っていたドキュメンタリーだ。
 2時間息もつがせず、一気にエンディング。言葉にならない感動と畏怖感が押し寄せた…。
2009年04月22日(wed)  No.86

4月20日

 昨日はいろんな用事を妻に代行してもらい、1日ゆっくり過ごした。と言ってもギプスをしはいるが怜王は元気に動きまわり、偏食ぎみで食べなかったかと思うと妙にたくさん食べたがったり、おもちゃを次から次へと出してお片づけをしないので部屋中に広げたまま夜に。
 そして「はちじまでに おかだづけ するから」と言いながら「ちびまる子ちゃん」「サザエさん」「トムとジェリー」「ムーミン」とテレビでアニメを見続け8時を過ぎたのでそろそろお片づけをしないとと言うと、「てつだってほしい…」などと泣き言を言い始めたりで実質上休息とは言いがたい日とも言える1日であった…。
 さてキッチンの椅子に座りながら居眠りをし不覚にも落下して脇腹を強打して昨日救急で早朝H病院に言ったその後だが、多少の痛みと腫れはあるものの普通にしていられる状態。1日経って強打した脇腹に弊害があるとすれば、寝返りを含む寝起きに身体に力が入るので辛いものはあるが腰痛に比べれば何と言うこともない。
 今朝の怜王は7時くらいまで爆睡し、昨夜何度も目を覚ましてかゆがっていたにもかかわらずことのほか爽やかな感じで起きて来た。今日から幼稚園に行くので朝ご飯はちゃんと食べてもらわないとと思い、ソーセージをみじん切りにしてフライパンで焼き醤油を少々。そして温かいおにぎりの中に入れて握り塩と海苔をまいたモノを何が食べたいのか聞かずに出すと、少しだけ残したが予想外にしっかり食べていた。
 そして9時15分、妻とママチャリに乗って元気よ行く幼稚園バス乗り場へ向かった。そして妻が帰って来てから、怜王を連れて行っているH病院へ診察に向かった。担当医は怜王の担当といっしょのM医師なので居眠りをして椅子から落ちて脇腹強打と少々気恥ずかしいがこればかりはどうしようもない…。
 9時半過ぎH病院へ。この時間帯お年寄りが多く…40分ほど待たされ診察へ。診察室に入ると、「あれ〜、どうしたんですか?」とM先生。「息子がいつも、お世話になってます…」と僕。単なる知り合いの挨拶のような雰囲気で、問診診察をしていただく。
 M先生の見立ても「骨折はないですね…ん?ここ内出血してますね」と少し固くなっている部分を指で押したりして、「痛いですか?」「少し痛いです」そんなわけで「少し様子を見ましょう」と言うことに。
 そして診察室を出る時「今週木曜日に、息子を連れてきます」「どうぞ、一緒に来てください」ということで、コルセットはしなくても良いこと、痛みがなければ痛み止め(ロキソニン)は飲まくて良いことなどを聞きH病院をあとにした。
 12時半過ぎ、妻に連れられ怜王が幼稚園から元気よく帰って来た。足下を見るとギプスを巻いた包帯も取れていないし、どうやら僕らの言うことをちゃんときいて走ったり飛び跳ねたりはしなかったようだ。
 2時過ぎ妻が使っているインクジェットプリンターのインクがなくなってしまったので、ダイエー医入っているヤマダデンキへ怜王をトーマスの自転車に乗せて出かける。到着後エレベーターで7階に行きインクを購入した後本屋さんに寄って見ると、ヤッターマンの絵本があったので怜王に勝ってあげた。
 帰宅後DRUG15号の刷り上がりと配送日を、参加者にメールで知らせた。ちなみにDRUG15号(冬春号)の印刷の刷り上がりは28日で、参加者への配送も28日。つまりスケジュールどうりに、5月の連休前にお届け出来ると言う訳だ。
 夕飯を食べた後怜王はさかんに僕のiBookで、ゲーム(http://www.disneygames.jp/)をしたがった。ちょっと困ったがお片づけの条件でゲームをすることを許すと、いそいそとオモチャを片付け始め10分ほどで綺麗になった。早速画面をセットしゲームをやらせたのだが、怜王は4歳とは思えないほど器用にiBook G4を操作しゲームを楽しんでいたのである。
 怜王が起きていられるのは、8時(年少組のときは言われなかったのだが、年中になって「8時までには寝かせてください」という担任からの指令?なのである)まで。
 夕飯は珍しく3人同じメニューの、「たらこスバゲティー」。たらこはたまごの類なのに、アレルゲンではないと血液検査で出ているので食べさせたのだが食べ終えた後気持ち顔が赤いように思えたが、それでもかゆがったりしないところを見ると普通に食べさせても大丈夫な食物なのであろう。
 こうして時々体調の良い時に新しい食べ物を食べさせつつ、食べても大丈夫な食べ物を探すのである。人体実験のような感じに聞こえるかも知れないが、こうするしか増やす方法がないのである。
 8時過ぎ、めずらしく「せなかかいて…」と言わずに怜王が眠った。怜王が眠ってからiBook G4に向かって作業をしていたのだが、夕方くらいから眠気がさして来ていて9時を回った頃限界が来たので早い時間だが眠ることに。
 横になってみると仰向け以外の姿勢になると、脇腹ではなく背中の方に痛みが走った…。これは腰痛の時の痛みに似ていて、骨とか何とかではなく筋肉であり内蔵が炎症を起こしているようなニュアンス…。
 軟骨や臓器それに筋肉はレントゲンで写らないので、医師の言うように「骨には異常がない」のかも知れないが内出血している部分もあることでちょっと気になる…。木曜に怜王をH病院に連れて行った時に僕もいっしょに診察を受けるつもりなのでその日までは安静にしているしかない(椅子に座っていたり歩いたりで、痛みを伴わないのが救いである)である。
 10時半過ぎに怜王が接近して来て、ちょうど僕の痛い部分あたりに身体を横にして頭で迫って来たので一時退散。そのときも少々背中部分に痛みが走ったので日曜日に処方してもらったロキソニン(痛み止め)とセルベックス(胃薬)を服用、
 眠気が覚めてしまったのでしばらくキッチンでiBook G4を相手にこの日記を書いたりし、11時過ぎ再び眠りについた。
2009年04月20日(mon)  No.85

4月18-19日

 「ねぇ きょう どこいく?」「きょうは おかあさんと としょかんに ゆくひだよね?」と言いながら、5時50分過ぎ怜王が目を覚ました。もう少し眠りたいと思いつつも、「もう おきようよ…」と言うので渋々起床…。
 昨夜H幼稚園の懇談会に出席した妻が、担任のS先生から「8時には寝かせてください」と言われて来たらしく8時を目安に眠ることを怜王に伝えた。しかし眠る前に寝室いっぱいに広げた玩具のお片づけがなかなか進まず…、結局怜王が眠ったのは9時近く。
 そして例によって零時くらいに何度も目を覚まし僕らが眠った後も朝起きるまでに数回目を覚まして、その都度背中をさすったりしてあげたので微妙に睡眠が足りずにいた。せめて6時半くらいまでは寝ていたいと思っていたが、怜王が起きてしまっては仕方がないのである…。
 今日の怜王は朝から元気で子ども番組で段ボールや新聞紙を使ってお風呂を作っているのを見て、「かみで おふろつくる」と言うので開いてる段ボールの中から怜王が入れるくらいのサイズのものを出してあげると、チラシを破って段ボールに入れお湯の変わりにしたりして夢中でお風呂を作っていた。
 そしてお風呂が飽きると、いつものように怜王画伯となっていろいろ絵を書き始めた。怜王の書く絵には表情があって、それも楽しい表情でほっとさせられる。それに、ひとりではなく数名を描いた場合必ず背景に太陽があることが面白い。 
 それに2歳3歳くらいの頃は、目は「・・」で描かれていたが、最近ではきちんと白目をつけて描くようになった。人は進化するものだと、つくずく思うのであった。
 1時過ぎ、コダックフォトスクール3月開講初級講座(実質上は「こだわりの上級講座から移行した受講生が半分くらいいるので、新しい受講生と半々」)の、最終合講義に出掛けた。
 さてコダックフォトスクールは今年で3年目に突入した訳だが、その3年目のしょっぱなで上級から初級講座に移行。微妙に平均年齢が下がり?、今までと少々違う感じで講義撮影実習ともに進行。その最初のスクールもぶじ今日で終了。受講生のひとりから「とても楽しかったです!」と声をかけられた時、「良かった!」と思った。
 5時半過ぎ帰宅。ドアを開けると、怜王が玄関に座っていて泣いていた。どうしたのか聞いてみると、どうやら妻に叱られたらしい…。反抗期まっただ中の怜王は、右と言えば左、食べると言えば食べない、行くと言えば行かないと常に僕らの言うことの反対のことを行ったりしたり…。 それがここ数ヶ月常にそんな感じで、まったく言うことをきかない…。僕が仕事に出ている間八雲の図書館に行っていたようなので、何かわがままなことを言ったかやったのだろう。だっこしたりしてどうにかなだめてあげると、楽しそうに遊び始めた。
 さて怜王を9時過ぎに寝かしつけた後少々ワインを飲んだりしたのだが、急激に睡魔に教われ椅子に座りながら居眠りをしてしまった…。いつもならそれだけで済むところ、あろうことか飲み終えたワインを床に置いていたその場所に椅子から落ちて脇腹を打ってしまったのである。
 打った時は痛みはあったが打撲ぐらいに思ってそのまま寝てしまったのだが、朝布団から起き上がるとき脇腹に痛みが走ったので見てみると痣がある上にかなり腫れているではないか…。指先で痣が出来ている箇所を触ってみると痛いだけではなく骨が折れているようなそんな感じが…。 大きく息を吸うと痛みが走るしこれはただ事ではないと思い、怜王を通院させている都立大学駅前のH病院(救急病院でもあるので、緊急の場合は土日でも見てもらえるのである)に電話すると当直に外科の先生がいてレントゲン技師も当直していて「いつでもどうぞ、病院のドアはあいてますので入ってすぐ右のインターホンを押してください」とのこと。速効で着替え、6時過ぎH病院へ。
 レントゲンを撮り当直の先生に見てもらうと、意外なことに「…骨が折れているようには見えませんね。この固そうな部分は骨ではなく軟膏か打った時に血が固まっていてそう思えるのかもしれませんね。ともかくあばら骨は手術をして治すことはしないので、シップとコルセットをしますので明日専門のM先生に見てもらってください。シップと痛み止めを出しておきます。」ということで診察終了。
 てっきりあばら骨が折れてしまったと思っていただけに、さすがにほっとしたが痛みはあるので気分的には微妙な感じ。それにしても看護婦さんひとりと当直医しかいない病院は静まり返っていてざわざわとして落ち着かない。薬をもらって、早々にH病院をあとにしたのであった…。
 帰宅すると怜王はキッチンの床に座って、使わなくなった携帯で遊んでいた。僕の顔を見るなり「ほらこれ」時計隊の液晶画面を見せるので見てみると、そこには「おとうさんおかさんれいおうくん」とひらがなで文字が打ち込まれていた。
 おかあさんが「おかさん」になってはいるが、十分読めるしちゃんと打ち込まれている。自分の名前だけ「れいおうくん」とくん付けしているのが何とも可愛いらしく思えた。
 
2009年04月18日(sat)  No.84

4月17日

 5時40分過ぎ怜王が伸びをしたかと思うと自分の布団から僕の布団に潜り込んで来て、ギプスをした足で腰を蹴飛ばされたのでこれはまずいと避けると強引に僕の枕に頭を乗せ仰向けで眠り始めた。
 布団から追い出された僕は寝ていられず、そのまま起床。怜王の行動は夢遊病者のようで、てっきり目を覚ましてると思ったが…。
 キッチンのテーブルに置いたiBook G4を開き、昨日の日記を書き上げあげアップ。メールチェックをし、朝ご飯の準備をしていると怜王が目を覚まし起きて来た。時計を見ると6時20分。程よい時間である。
 今朝も怜王は朝ご飯を食べたがらないので、昨日同様煮豆を出してみると少しだけ食べた。そしてあずきのゼリーと牛乳カルピスと小食とおもいきや、30分ほど置いた後「とうふが たべたい」と言うので豆腐1/2(冷や奴)を出してあげると凄まじい勢いでぺろりと平らげた。
 9時半DRUG15号(冬春号)の色校正をするため、渋谷のオフィスSへ向かう。2月にコダックフォトサロンで「DRUG写真展」を開催したため、冬号として発行予定であったDRUG15号は冬春合併号となりオフィスSに校正に行くのも久しぶり。
 オフィスSのビルがある渋谷区渋谷(東口)一体がかなり区画整理されていて道路の脇をすべて白いフェンスで覆われており、知らない町を歩いているような錯覚におちいった…。
 オフィスSに行きDTPのNくんそして、お散歩写真中までもありオフィスSの社長でもありDRUG創刊メンバーでもあるOさんの3人で校正をし10時半終了。今回はなかなか粒ぞろいの作品で、かなり読み応えがある号になったように思う。校正終了後Oさんと少々打ち合わせをし、11時少し前、オフィスSを後にした。
 行きの東横線の車内で「WALL・E(http://wdshe.jp/disney/special/wall-e/)」が『ブルーレイとDVDで新発売!』という広告映像が流れていたので、帰りがけに怜王に買って行ってやろうとビックカメラによって見ると、「4月22日発売」と書かれていた…。『新発売』と言うのは、これから発売になると言うことだったらしい…。残念。
 「WALL・E」や「マダガスカル2(http://www.madagascar.jp/)」は映画館で見せてあげたかったが、とても落ち着きのない怜王にはまだ映画館の椅子に1時間半とか2時間ずっと座っていられないと思うのでDVDになったら買ってあげようと思っているのである。
 帰宅すると「でぃーぶいでぃー れおくんも いっしょにかえしにゆく」と、怜王がさかんに使途に出たいとアピール。今日は2時から妻が幼稚園の懇談会に出席することになっていて、連れて行くとなれば僕なのである。
 夕方から雨になるという予報が出ているので、妻が出掛ける前の1時過ぎから怜王をトーマスの自転車に乗せ都立大学駅前のレンタルショップへ「ヤッターマン(ヤッターペリカン登場の巻)」を返却に行った。
 返すだけのつもりであったが「どらえもん がみたい」というので、「どらえもん のび太と緑の巨人」とおまけに「パーマン タコDEポン!アシHAポン!」をレンタルして帰宅した。
 妻が懇談会から帰宅したのは、4時過ぎ。怜王はちょうど「パーマン」を見ていて、コスプレで無理矢理作らされたお面をつけて妻の大きめのスカーフをマントに見立てて部屋中を走り回っていた…。
 足の指の骨折。レントゲンを撮って骨折だと分かってきたくした瞬間から飛び跳ね走り回って、ハラハラさせられっぱなしだが先生曰く「順調ですね!」ということなので心配しなくても良いのかも知れないが、それでも何で骨折していて先生から「お部屋で、だらだらしていてね」と言われたことの意味(部屋で静かにしていることで、走ったり飛び跳ねたりしないようにと言うことだよと怜王には説明をしていた)を何度も話したのにまったく聞いてくれないのが虚しいところ…。
 それでも順調に回復していて、もしかしたら23日レントゲンを撮った後ギプスが取れるかも知れないと言うのは信じがたいことである。
 そんな怜王は寝るぎりぎりまで「どらえもん」と「パーマン」を取っ替え引っ替え見て、ドタバタしながら8時半過ぎに眠った。怜王が眠った後そろそろ到着しているのではと思って1階のポストまで郵便物を見に行くと、ヤフオクで落札した市川実日子の「午前、午後」が送られて来ていた。
 封を切ってみるとほとんど読んだ形跡が見られない、素晴らしい状態で感激!さっそくページを開いて行くと、本の背の部分がしっかりしていてペーヒを開いても奧まで力を入れないと開けないくらい本はシャキッとしていた。
 それでも1ページづく開いて文字を追って行く。妻に図書館から借りて来てもらい読んだときと、まったく同様の感動が得られいつになく嬉しい気分にさせられた。彼女がこの本を出版した時の年齢は、23歳。僕がワークショップ写真学校、森山大道教室の3期を終了した頃の年齢である。
 その当時の僕にはこれほどものごとを冷静に見る目もなかっただろうし、素直な気持ちで文字を書くことも出来なかったような気がする。そして読めば読むほど気持ちの中に浸透して行く、言葉と書き手の心持ちに出会えたことに感謝なのであった。
 さて2004年に実質上アナログからデジタルに切り替わって以来100%に近い状態でデジタルで仕事をやって来たのだが、ワークショップ曽根塾(年4回)とコダックフォトスクール(年3クールでワンクール2回なので実質6回)ではフィルムを使用。
 メインで使用しているのはコンタックスAriaとニコンEMで時折オリンパスμIIやロモLC-Aやドルークなども使うのだが、好きで購入したミノルタのシルバーのミノルチナP(怜王がカメラに興味を持った2歳ころにうっかり触らせていたら、どうやって外したのか分からないが前玉が外され使いもにならない状態で今現在怜王の玩具に…)の感触が忘れられずにいてブラックのミノルチナP(http://ca.konicaminolta.jp/history/minolta/1960/1964.html)をヤフオクで見つけ思わず落札。
 今年に入ってから妙にフィルムカメラが気になり、フィルムで撮影したいと思うようになっている…。どういう心境の変化なのか、自分でも分からないのである。
2009年04月17日(fri)  No.83

4月16日

 5時50分起床。怜王は良く眠っていて、寝顔が穏やかに見えた。このところ日記のアップが細切れになってしまっているので、少々根を詰め2日分を15日の中に一気に書き込みアップした。
 アップし終わった6時半過ぎ、怜王が目を覚ましキッチンにやって来た。今朝もご飯を食べようとしないので、一昨日「おまめが たべたい」と言っていたのを昨日思い出し「煮豆(昆布と大豆)」をたベルかどうか聞いてみると「たべる」というので小皿にもって食べさせた。すると美味しかったらしく、めずらしくお代わりをした。
 9時半過ぎ、怜王をママチャリの後ろに乗せてH病院へ。今月2日にH病院でレントゲンを撮ってもらって骨折が分かり、今日で3回目のレントゲン撮影。今日の結果は「順調ですね。」「来週ギプスを外してレントゲン撮ってみましょう。結果次第では、ギプス外せるかも知れません!」とのこと。
 ちなみに「剥離骨折」と昨日の日記で書いたが、今日聞いてみたら「いや。骨折です。あの部分に筋肉はありませんから」と言う返事が返って来た。専門外のことを軽々しく判断し、口にするものではないと反省…。
 10時15分過ぎ、帰宅。怜王は牛乳を飲み、ふ菓子をほおばり、「ティンカー・ベル」を見始めた。
 午後になって風が出て来たので、先日怜王に購入した「シンケンジャー鯉のぼり」をベランダの柵にくくりつけてみた。すると面白いように回り鯉のぼりもきれいに風になびいた。怜王は大喜びで飛び跳ねて(骨折してることは完全に忘れてる…)大喜び。
 そして静かになったと思えば、鏡の前で妻の黄色のヘアバンドをつけてひとりで悦に入っていた…。そのあと洗面所に行って顔を洗ったり…。妻のまねをしているのである。
 3時過ぎ怜王が退屈そうにしているので、トーマスの自転車に乗せ都立大学駅前まで散歩も兼ねて買い物へ。補助輪と手押しようのバーがある自転車なので、ペダルを漕がずに座ってハンドルを握ってもらい僕らが押せばバギーのような使い方が出来足に負担をかけずに移動出来るのである。
 30分ほどで帰宅すると、例の”定額給付金”の申請書が届いていた。封を切ってみると大人は\12000子どもは\20000ということで、3人家族なので合計額は\44000。”棚ぼた”のようで、、ちょっと嬉しいみ入りなのである。
2009年04月16日(thu)  No.82

4月15日

 昨日は1日、写真関係の調べものをして終わった。夜になって”DRUG”のDTPをやってくれているNくんから、「昨日印刷所に入稿しましたので、15日から17日午前中までに色校正とチェックをしに来ていただけないでしょうか?」というメールが昨日の夜入った。
 5月の連休前に冬春合併号であるDRUG15号を発行するには、かなりぎりぎりのところまで日数的に来ているので早く見に行きたいのだが都合が付かず17日の午前10時を指定。これでどうにか間に合うであろう。
 9時過ぎ、怜王が眠った。その後数日前からヤフオクで入札を入れていた市川実日子のエッセイ「午前、午後」を落札。書店にもないので、おそらく絶版なのだろう。ともあれオークションで手に入れることが出来(初版で帯も付いていて、美品なのである)たことが嬉しかった。
 市川実日子の書く文はシンプルなのに優雅で、言葉使いの美しさと純粋な目とたぐいまれな美意識があり図書館で妻に借りて来てもらって読んだ後「いつでも目をとおしたい」「手元に置いておきたい」そう思わせた本。つまり彼女の感性の波長に僕の感覚が共鳴、意識の中でコレスポンダンス(照応)した最近希有な出来事なのである。
 
 さて今日15日は深夜1時頃3時過ぎそして3時半にかゆがって目を覚ました怜王は、背中をさすってあげたりしてもなかなかかゆみが去らないようでずっとかく手が止まらない…。
 こういう場合本人がある程度満足するまでかかせた方が良いのだが、強くかきすぎると血をだしてしまうので抑制のタイミングが難しい…。様子を見ながら見守っているうちに時間は経ち4時半…。
 突然怜王が泣きながら布団から出て、座り込んだ。ギプスを見ると、妙なバランス…。ギプスに覆われた右足のくるぶしあたりがかゆかったようで、どうやら手を入れてかいているうちに包帯が緩んでギブスが外れかかってしまっていたのである。
 今月2日にH病院へ行ってギプスをしてからというもの、1週間後の9日にレントゲンを撮りに行ってその時に包帯を新しくしてもらいさらに明日16日再度のレントゲンを撮りに行った時に包帯を新しくしてもらうことになっていて、いくら包帯が汚れても変えずにいたのだが今回ばかりはそれが叶わず包帯を全部外して巻き直すことに…。
 怜王は自分でやってしまったことにかなり驚いているようであったが、包帯を外した時にL字型のギプスを外し左右の足を並べた時どこが骨折(剥離骨折 http://www.onicu.com/hone/hakurikossetu.html だと思う)した場所かも分からないくらいで自分の足を見て安堵を憶えたような感じ。それは僕も同じでギプスの中の薬指の状態がどうなっているのか気になっていたので、怜王同様にほっとしたことは言うまでもない。
 かいて多少血が出てしまったくるぶしに薬をぬりギプスを足にあてがい包帯を巻き始めると、じっと自分の足を見ている怜王の真剣な表情がいつになく凛々しく思えた。包帯を巻き直しいったん布団に横になったが、寝室の照明をおとすと「といれ…」というので手をつないでトイレの前まで行って怜王がようをすますまで待って再び手をつないで寝室に戻り布団に入ると、あっという間に怜王は眠りに落ちた。
 怜王は眠りに落ちたが完全に目が覚めてしまった僕は布団に入ったものの寝ることが出来ず、5時半過ぎ怜王を起こさないようそっと起床したのである。
 キッチンのテーブルに置いたiBook G4を開き、まずはメールチェックをし数件の着信メールに返信を書き昨夜用研いで具材(妻の実家から送られたタケノコを使った、炊き込みご飯)を混ぜておいた釜に火を入れタイマーをセット。
 7時15分過ぎ「けさは はれだね!」と、怜王が妙に爽やかな感じで起きて来た。昨日の天気予報を見ていて、妻が「雨だったら嫌だな…」と言ったことを憶えていたのであろう。今日は怜王を、歯医者に連れて行く日なのである。
 10時過ぎ自由ヶ丘へ向かう。書店で探したい本があるのと、スナップを撮るためである。まずブックオフで某サブカルチャー系の雑誌のバックナンバーを探したがこれは見つからず、バックナンバーはヤフオクでも探せるのでブックオフ向かいの青山ブックセンターに行こうとビルの中に入ると「閉店」…。
 仕方がないので南口のブックファーストへ行くと、探していた本はすぐ見つかった。早速買い求め、バッグからGR DIGITAL IIを取り出し駅周辺をスナップして歩き昼頃帰宅した。
 2時半過ぎ、妻に連れられママチャリで近所の歯科医へ。今日は虫歯を削るのできっと泣いて帰ってくると思い、「ヤッターマン(ヤッターペリカン登場の巻)」と新作の「ティンカー・ベル(http://wdshe.jp/disney/special/tinkerbell/)」をレンタルショップで借りに行きつつ近隣スナップ1時間ほどやり自宅マンションが見え始めた時、妻と怜王が乗ったママチャリがマンション前を曲がるのが見えた。早足で駐輪場まで行くと、怜王はけろっとした顔で何やらはしゃいでいた…。
 妻が言うには「削ったときは最初にちょっと痛かったみたいだけど、全然平気で最後まで…。でも虫歯は、神経ぎりぎりのところまで来ていたみたい…」であると言う。怜王は詰め物をして又来週通院して別の歯もチェックし、これ以上虫歯にならないようにフッ素で歯をコーティングをすると言う。
 ともあれ今日も「はやくいこうよ」と妻をせかしていたところをみると、本当に歯医が好き(この歯科こども用に「がちゃがちゃ」があって行くと一回やれるのと、先生が若い女医さんであることも?!)なのかも…。
2009年04月15日(wed)  No.81

4月13日

 6時半起床。メールのチェックをし、何件か返信を書いていると怜王が目を覚ましキッチンまでやって来た。ギプスは取れていない(23日レントゲンを撮った後に外してもらえる予定)が、今日は幼稚園の始業式。年中さんになりクラス替えで新しいおともだちと会える日でもあり、怜王はそのことが嬉しいようで朝から上機嫌であった。そして朝ご飯もちゃんと食べ、9時過ぎ妻に連れられ元気に幼稚園に行った。
 そう言えば昨日ワークショップ曽根塾で新宿御苑へ行ったのだが、苑内でカラスの羽を見つけあちらこちらで羽を探して撮影しているうちに、人通りの少ない細い道を少しそれた池の近くでカラスの屍骸を発見。
 そして調布のたづくり会館での講評会を終え懇親会を9時過ぎまでやり、夜10時過ぎ都立大学駅から自宅マンションに向かう途中の目黒通り沿いの歩道でカラスの片翼を発見と昨日はとても不思議な日であった…。
 そう言えば1ヶ月ほど前目黒通り沿いの幼稚園バス乗り場の近くで、飛ぶことが出来ないカラスがいたがどこへ行ったのだろう…。
 ふたりが出掛けてから洗濯と部屋の掃除をし、妻と怜王が帰ってくるまでMacに向かってここ2日やれなかった作業をする。
 12時過ぎ、妻と怜王が帰宅。怜王はご機嫌で帰り、妻からは「今週は休ませることにした」と言うひとこと。妻はひとりの判断で新しく担任になったS先生にそう言って来たようだが、あと2週間はギプスが取れない状態なのでなるべく僕らが見ていられる状態でいられる時間を長くしたいと思っていたので良い判断だと思った。
 1時過ぎ用事があって渋谷に行き、撮影を少しして東横線に乗った。何と言うこともない日で渋谷の隣駅の代官山に東横線が停車しドアが開いた後、「都立大学駅で人身事故が発生し、東横線全車両運行を停止していますので今しばらくお待ちください。詳しい情報が入り次第、お知らせいたします。」と言うアナウンスが入った。
 このアナウンスは数分おきに繰り返し流れたが、10分を過ぎた頃「これはながびくのでは…」と思い代官山で下車し徒歩で都立大学へ向かうことに。
 代官山から中目黒そして祐天寺と来て学芸大学に到着し東横線の改札上の情報を見ると、まだ都立大学の人身事故の影響で東横線が動いていないことを確認。代官山で歩こうと思ったことは、正解であったと思った。
 もちろん歩くと言うことはスナップを撮ると言うことでもあり、まったく歩いたことのない道もあり楽しくひとりお散歩写真をしながら碑文谷あたりで目黒通りに出た。その瞬間急に喉が渇いてきたので、碑文谷ダイエーにより飲み物をと思った時「だし」がなくなっていることを思い出しスティックタイプの昆布だし、それに端午の節句が近いということで「ゴーオンジャー鯉のぼり(ラムネつき)」が目にとまったので購入して帰宅した。
 ダイエーに寄った時間を外せば、代官山から都立大学まではほぼ1時間で歩ける(東横線に乗っていれば5分ほど…)と言うことが分かった。
 帰宅して鯉のぼりを怜王の手渡すとかなり喜んでくれ、ベランダに出て楽しそうに鯉のぼりを高い位置にかざして喜んでいた。そしてひとしきり鯉のぼりで遊ぶなぜか「おとうさんのけいたいで しゃしんとれるようにして」と言うのでフォトモードにしてあげて渡すと「おとうさん これもって」と鯉のぼりを手渡された。ワンカットシャッターを怜王は切った。
 そのあとまだ写真を携帯で撮るのかなと思っていると、携帯にダウンロードしてあるストーンズの「19回目の神経衰弱」を見つけ音を出し始めた。すると急に携帯を床に起き、小さなサイズのギターを持ち出して弾き始めた(もちろんただ単に、かき鳴らしているだけである。
 ただストラップが長過ぎたのでガムテープで調節してあげると、さらにエスカレートしなぜかベルトをしめ(ベルトはヤッターマンになるときもするので、どうやらかっこ良く決めるときの必需品であるようだ)ギターをかき鳴らし始めた。僕はコンパクトデジカメで仕事でミュージシャンを撮るようにギターを弾く怜王の姿を撮る。
 怜王が「もっとおとがほしい」というので携帯からのストーンズの3枚組のCDに切り替え音を流した。バンドを始めた中学生の頃の自分を、思い出したりしたのであった。
 そんな怜王は夜になり快調に遊んでいたが、ある瞬間から魔が忍び寄り「おかあさんがおこるから…」と注意されたりすると僕や妻が怒るから何もしないみたいなことを口走り始めた。
 これはこのところ続いている態度で、ああ言えばこう言う的な、優柔不断な態度をとることが多くなった。これが始まると僕らが「もう8時を過ぎているから、お片づけをしないと行けないんじゃないかな?」などと言うところからまったく聞く耳を持たなくなり、その反動で生意気な口をきいたりし始める。
 そうなるとひたすらへりくつが出始め、結果的にお片づけということがしたくないようなことになり、さらに僕らが「おもちゃは、だした人が片付けるんだよ」と言うと僕らの目の色が変わらない限り適当にやり過ごそうとする…。
 優しくしてあげたいと思っても、なかなかことが怒ってからだと出来ないことの方が多いのである。それでも気持ちよく寝かせてあげたいと思うのは親心でお片づけを手伝ったりもするのだが、それにしても今の怜王の反抗期と思われる態度はあまりにはっきりしていて、「テリブル・ツー」「ホリブル・スリー」「ワンダフル・フォー」という分類には当てはまらない?ようである。
2009年04月13日(mon)  No.80

4月11日

 昨夜8時半頃に眠った怜王は、零時過ぎ、2時、2時45分「おとうさん はなくそ つまってる…」と言って目を覚ますかと思えばそのまま眠り、3時半と小刻みに目を覚ましかゆがり、4時過ぎには突然立ち上がって「といれ…」というのでいっしょにトイレの前まで行く。
 「まだ あさじゃなぁい?」と聞くので、まだ夜の続きだからもう少し寝ようと言うと「せなかかいて…」で背中をさすってあげると数秒で眠りについた。が眠りは浅く…6時少し前に目を覚まして「せなかかいて…」と言うのでさすってあげると、再び眠りに落ち6時6時半目を覚ましふたりで起床した。
 そして今朝も朝ご飯を食べずに、りんごジュースとヨーグルト…。さてそのあとはマクドナルドのハッピーセットのオフィシャルサイトに怜王でも出来るゲームを昨日妻が発見したので、寝起きぐずりがちな怜王が楽しそうに「きのうやったげーむ やってみたい」と言うのでオフィシャルサイトを開き(http://www.happyset.com/ja_JP/)いろいろやらせてみた。
 するとiBookの上下左右キーを上手に使いこなし、楽しそうに「ブロックくずし」や「スペース・レース2」などをやっていた。僕も妻もゲーム好きだったので、明らかに血は受け継いでいる?ようだ。
 さて今日は怜王を山王病院に連れて行く日で申し訳ないが、僕はお散歩写真で東京スカイツリー(http://www.rising-east.jp/)建設地周辺をOさんYさんとお散歩写真することになっている。前回浅草の時は怜王が熱を出していて、今回は骨折とどうも都合の良くない時に重なってしまっているのが気にかかる…。
 がこのお散歩写真「ぶらカメ隊(仮)」と称して単行本化の話しがあって、単なるお遊びから少々お仕事の匂いがして来ているのである。
 浅草雷門前で集合し東武電車に乗りとなり駅の業平橋へ。東京スカイツリーはこの業平橋駅のすぐ隣の敷地に建てられる予定で、すでに工事は進行している。ホームから建設途中の敷地が見えるので3人で撮影開始。
 業平橋駅を出て、まずは近くのそば屋に入りルートの作戦会議。腹ごしらえをした後隅田公園から向島一帯を歩き回り、最後に亀戸まで行って終了。居酒屋に入り打ち上げをした。
 さて怜王はと言えば午後3時くらいに妻と連絡と取ったところ、山王病院で血液検査をし注射の針が刺さった瞬間ちょっと泣いたが、その後我慢して泣かずに終わったとのこと。とても頑張ったので何か欲しいものはと妻が聞くと、「しんけんじゃーの かたな(シンケンマル)」と言うので、帰りに渋谷に立ち寄り購入(2600円だったようだ)したという。
 何だかんだで帰宅したのは、11時ころ。僕が帰って間もなく怜王がかゆがって目を覚ましたので背中をさす売ってあげたがなぜかいつものようにすぐ眠らず、12時過ぎくらいまでなだめすかし背中をさすることに…。
 さて明日は、ワークショップ曽根塾がある日。場所は新宿御苑。天気はどうだろうか?帰り道空を見ると曇っていたので、快晴は期待出来ないかも…。
2009年04月11日(sat)  No.77

4月9日

 6時過ぎ怜王が目を覚まし、「せなかが かゆい…」と言って僕にかくようにうつぶせになった。数分背中をさすってあげ、いっしょに起床した。そしてあとでお腹が空いたと言うのだろうが今朝も怜王はご飯を食べず、牛乳やりんごジュースで朝食を済ませた…。
 8時半ころ思ったとおり「なっとうごはん た べ る」と言うので作って出すと、半分も食べないうちに「もう たべられない…」と言う…。やれやれ、である。
 9時過ぎ怜王の頭を浴室で洗い、身体をお湯で拭いてあげ都立大学駅近くのH病院へ。2度目のレントゲンを撮り包帯を取って新しく巻き直し、ここ1週間の回復具合を知らされた。
 走り回っていたわりに骨は順調な回復であるようで、「来週と再来週2度レントゲンを撮ってみますが、2週間後にはギブスが取れると思います」と先生。今日はH病院患者が少ないのか、レントゲンを撮って先生に見てもらって終わるまで20分とスピーディであった。
 さて2週間後にはとお墨付きをもらったが、幼稚園の始業式は13日。先生は「ギプスがとれるまで、幼稚園は休んだ方が賢明」と言っていたがどうしたら良いかまだ迷っている。と言うのは年中さんになるにあたり、担任の先生が変わりS組のお友だちは生まれ月で半分い分けられ他のクラスのお友だちといっしょになるのでなるべくなら行かせたいと思う。
 しかし担任の先生が、終始怜王が何をしているか見ていられないと思うのでその辺が心配…。どうすべきか?
 午後2時過ぎ「ペダルを漕がない」という条件で、トーマスの自転車に乗せてダイエーに買い物に出掛けた。トーマスには補助輪と自転車を押すバーが付いているので、怜王も僕らも楽なのである。
 ダイエーの中ではカートに乗せて、なるべく歩かせないようにした。野菜などの食材や、書店で「入学準備 学習幼稚園」などを購入し帰宅。この「入学準備 学習幼稚園」対象年齢は5歳6歳と幼稚園で言うところの年長なのだが、すでに怜王はひらがなもカタカナも読めるし書けるようになって来ているのと11月で5歳になるので大丈夫だろうと思うのである。
 さて帰宅すると、さっそく付録のDVDを見始めた。キャラクターがドラえもんでひらがなやカタカナそれに数字を勉強して行くのだが、これがなかなか楽しく進むので怜王もハマっていっしょに声を出して文字を読んでいた。
 怜王は僕らが何も教えないのにみようみまでで最初に英語を読んだり書いたりを始め、次にカタカナそしてひらがなの順で興味が移って行った。そんな怜王を見ていると。自分が4歳の頃どうだったのだろうと思い出そうとしたが当時の記憶は戻らなかった…。
 そのかわりに思い出したのは昨夜シンクパッドのビットマップイメージで描いたファンキーな色つかいの絵と、今朝書いたばかりにの文字を見せる怜王の得意げな顔なのであった。
2009年04月09日(thu)  No.76

4月8日

 4時過ぎ怜王が目を覚まし、キッチンに行き床に座って「なにかのみたい…」と言った。これでもう起きてしまうのだろうか…と思ったが、牛乳を飲ませまだ時間が早いからと何とか説明説得をし布団に移動させどうにか寝かしつけた。
 6時半起床。怜王は爆睡中。朝ご飯の支度をしつつここ数日あげられなかった日記の昨日分を書きアップ。そうこうしているうちに怜王が目を覚まし、キッチンにやって来た。そして突然「きょう なんにち」と言うので「8日だよ」と言うと、「はいしゃさん いきたくない…」「いたいのは いやだ…」と言い始めた…。
 左奧の下の歯に1ヶ所少しだけ茶色っぽくなっている個所があり、虫歯の初期症状であると思われるので近所の歯医者に予約を入れたのが今日。その日にちを怜王は憶えていて、それで行きたくないなどと言ったのであろう。
 そんな怜王は朝ご飯は食べずに、牛乳カルピスとゼリーですませた。そしていつものように部屋中を動き回り、飛び跳ねたり走ったり…。今日はそれを見てほっとした。
 というのは、昨日小林くんの写真展オープニングパーティーで小林くんのお嬢さんとめいっぱい走り回っていたので足に痛みが出るのではないかと心配していたからである。
 9時を過ぎた頃「おなかすいた… なっとうごはん たべたい」と言うので食べさせたが、いつもよりごはんを多めに入れたので食べきれないだろと思いきや、しっかり完食!茶碗の中を見せ「すごいでしょ!」と言って得意げに笑った。
 走り回ったりする合間に、盛んにひらがな表を見ながら落書き帳に書いていたが、見せに来て「やったーまん」と言った。絵を見るとガンちゃんとアイちゃんの可愛らしい絵の横に「がンちン」「あいちン」と書いてある。正確には「ガンちゃん」「アイちゃん」であるが、小さな「ゃ」を入れてないことをのぞけば、読める範囲の文字である。
 それにしても男の子のガンちゃんと女の子のアイちゃん、それぞれ特徴を良くつかんでt楽しそうな感じに良く描いてると感心する。
 2時半予約を入れていた歯科に、妻が怜王を連れて行った。出る直前まで「いたくない? いたくない?」を繰り返し言っていたが痛いと言うと「いかない」とだだをこね大変なことになると思うので、ともかく「大丈夫だよ。歯がどうなってるか見てもらうだけだから」としか言いようがなかった。
 妻と怜王が出掛けてから、怜王が見ていたDVDを駅前のレンタルビデオショップへ返却に行った。そして妻があったら借りて来て欲しいと言った、「ブーリン家の姉妹(http://www.boleyn.jp/)」があったのレンタルして帰宅。洗濯モノをベランダに干し、さらに自分の冬物の服を洗濯した。
 4時少し前、妻と怜王が帰って来た。怜王の表情は明るかったので、今日は削らなかったようだ。怜王は歯科でかなり緊張していたようで歯ブラシの練習をして成れさせることで今日は終わり、次回削って詰め物をするらしい。
 歯科には同じ幼稚園の他のクラスのYちゃんという女の子も治療に来ていたようで、少しは気が楽だったようだ。妻が持ち帰った「お口の治療計画書」を見ると、僕らが見つけた箇所(C2)だけに印がついてた。虫歯が1ヶ所だけで、良かった!
 4時半過ぎキッチンにある妻のMacのモニターで、「ストンプ(http://www.so-net.ne.jp/movie/sonypictures/homevideo/stomptheyard/landing.html)」を見る。始めはこういうダンス系の映画はと思ってみていたが、ダンスを通して友だちや家族友情と絆がさらっと描かれていてとても面白く見る。
 「ストンプ」を見ていたら、仕事で倉敷に行った時(1985年くらいだったと思う…)空いた時間に映画館で見た「愛と哀しみのボレロ」のラストシーン(http://www.youtube.com/watch?v=5_XdRa2oMR0)が脳裏をよぎった。DVD借りて見てみようかな?
2009年04月08日(wed)  No.75

4月7日

 6時少し前、怜王が目を覚ました。キッチンにやって来て「のむよーぐると」と言ったので冷蔵庫をのぞくとない…。昨夜飲ませてなくなっていたのである。仕方がないのでいつも飲んでいる「牛乳カルピスでも良い?」と聞くと、急にぐずり出した。
 そして「まるくて ちいさくて いろんないろがあって こおりみたいになっていて とうきゅうで うってたやつが たべたい…」と言った。まったくなんだか、分からない…。しかし飲むヨーグルトがないことは事実で、どうにか別の飲み物で納得してもらわなくてはと地道に説得。どうにか機嫌を直させ、牛乳カルピスを飲み沈静化!?やれやれ。
 さてギブスをして、今日で6日目。ギブスが嫌だとか外して欲しいとかはまったく口にせず、口にしない上骨折しているとは思えないほどいつもどうりに走り回っている…。小さな骨折がある場所が右足薬指の付け根と、足の裏とかかとをしっかりギブスで固定されているので指が動くことはないので走っても大丈夫なのだろうが、それにしても何でそんなに動き回らなければならないのか飽きれてしまうほどじっとしていることはないのである。
 今朝朝ご飯を食べた後も動き回ったりしていて、ダイヤブロックで何やら街を作っている時「なにもしてないのに ここがいたい…」と骨折した部分を指差した…。9日に「レントゲンをもう一度撮ります」と先生は言ったが、「なにもしてないのに ここがいたい…」というひと言で心配が倍増してしまった…。
 しかし怜王はそんな僕らの心配をよそに、部屋中を動き回り飛び跳ねたり小走り通過したりを繰り返す。困ったものだ…。
 そういえば知り合いからこんな面白いソフトが、『Poladdroid』を教えてもらった。これはどんな写真でもポラロイドで撮影したような仕上がりにしてくれると言うもの。使い方は至って簡単で、撮影した画像をデスクトップに出したポラロイドカメラにドラッグすると本物のポラのようにデスクトップに傾いた状態で現れ、これも本物のように少しずつ画像が現れてくると言うもの。
 そして現像が完全に停止すると白い余白の右側にダーマット赤い印まで付く。とても臨場感ある優れものソフトなのである。もちろんデータはjpgなので、加工も可能。ポラサイズにトリミングされ周辺も光量不足気味で、色合いも濁ったような少し懐かしい感じ。4日にアップした桜の写真を、『ポラドロイド』加工してみた。わるくない!
 3時過ぎ怜王が「ぼうえんきょうが ほしい」と言うので、今日は妻が怜王を自転車に乗せて駅前のレンタルショップと100円ショップに寄り望遠鏡を購入し怜王用のDVD「炎神戦隊ゴーオンジャーVSゲキレンジャー」を借りて帰って来た。
 今日はレンタル料金が安い日で、妻も新作を借りたかったようだがレンタル中で借りられず少々落胆気味…。怜王は望遠鏡を手に入れとDVDを借り、大満足の様子。
 しかし昨日もそうなのだが、外から帰ったら「おかたづけ する」という約束は見事に破られた。近頃ああ言えばこう言うで、お片付けして」と言うと「ちょっと むずかしい…」と言ったり、いくら声をかけても振り向かないことも増えて来た…。反抗期なのかも知れないが、それにしても一筋縄では行かない難しい年頃になったようだ…。
 5時半、キヤノンで開催されている「小林くん(http://www.nature-photo.jp/)の写真展&オープニングパーティーに出席するため家族で出掛ける。」場所が品川ということで、あることが難しい怜王をだっこすることを考えバス(バス停までは2分ほど。都立大学駅まで行くより近いのとバスであれば、改札口を通ったり階段を上ったりと言う移動が楽で目黒まで行けるの)で目黒に出て、山手線で品川(3駅)というコースで行くことに。怜王の体重は16キロ。長時間のだっこは、もう不可能なのである。
 碑文谷警察署のバス停まで怜王をだっこして行き、東急バスで目黒駅まで。今度は妻が怜王をだっこしてJR目黒駅から山手線で品川駅へ。移動は極めて快適だったが、品川駅から写真展会場が徒歩8分ほどあり…、怜王をだっこしたまま歩くのがさすがに厳しいものがあり到着して怜王をおろすまで腰と背筋にかなりの負荷がかかってしまった…。
 会場に着くとたくさんの知り合いがいて、ちょっと同窓会のような感じも…。中でもプロになって初めての写真展「わだつみの末裔たち(新宿ミノルタフォトスペース・月刊カメラマン主催)」の写真の展示制作をしてもらった写真弘社(http://www.shashinkosha.co.jp/)の本橋さんと10年ぶりに会えたことが嬉しかった。
 本橋さんは現在財団法人日本カメラ財団日本カメラ博物館(http://www.shashinkosha.co.jp/)に在籍していて、「DRUG」が収蔵(永久保存)されたのは「日本カメラ博物館」なのである。
 オープニングパーティーでは小林くんのお嬢さんのKちゃん(もうすぐ2歳)と怜王は楽しく遊び、たくさんの人に声をかけられ終始上機嫌であった。
2009年04月07日(tue)  No.74

4月4日

 3日怜王は5時50分頃怜王が目を覚まし、いつものように「おきようよ」と言いながら僕の布団に潜り込んで来た。そして「せなか かゆい…」と言うので背中をさすってあげたりしたがギブスのことはいっさい口にせず、いっしょに起きてキッチンへ。
 「ぎゅうにゅうかるぴす のみたい」と言うので、作って飲ませる。美味しそうに飲み干すと、ボールペンを持って「かくものは?」と言うので落書き帳を渡すと凄いスピードで絵を描き始めた。ヤッターマンを描いたらしい。がよく見ると上の方に、カタカナで「ヤッターマン」と書いてある。凄い。
 と思っていると、「さしすせそ」「かきくけこ」と別のページに書き始め、「ろしあごは どんなじ」と言うのでロシア語の本を渡すとロシア語のアルファベット(アルファヴィート)を見よう見まねで書き始めた。むむ…凄い!
 こんなふうに1日が始まったが、ギブスをして固定した薬指あたりがまったく痛くないようでいつもの同じように、いや、それ以上に?激しく動き回っていた…。
 1日経っていくら「走らないで!」「飛び跳ねないで!」と、いくら注意していもまったく聞く耳を持たないのはなぜだろうと思い始めた…。
 ギブスのこと(骨折のこと)を「口にしない」のと「痛いとも言わない」のは、痛みはないと思うが本当は凄くギブスのことが気になっていて、走ったり飛び跳ねたりをあえてしてみて痛くない(ギブスをしているから?)ということを確認しているのかも知れない。
 実際ギブスが足の裏をまっすぐにさせて歩いても指が動かないように固定されているので、多少動き回っても体勢影響無しであろう。「走らないで!」と言うと走るのは、怜王の昔からの天の邪鬼的性格の現れ。「走らないで!」「飛び跳ねないで!」を明日から言うのをやめて、様子を見ようと思う。

 4日の早朝5時過ぎ、「のどがかわいた…」「なにかのみたい…」と言うのでキッチンへ行き牛乳を飲ませた。怜王はこのまま「おきたい」と言ったがあまりに時間が早すぎるので、どうにか説得して怜王を布団に入れて寝かしつけた。
 6時半過ぎ、「おとうさん もう7じだよ おきようよ」と怜王が言いながら僕の背中を叩いた。昨日怜王は7時過ぎに寝たので、睡眠時間は11時間(僕は6時間ほど…)。いっしょに起床し、食べたいと言う納豆ご飯と豆腐を朝食に。
 食後はダイヤブロックで遊び始めたので、近寄ってカメラを向けるとVサインでにっこり。ギブスは痛々しく見えるが、本人はいたって軽快に楽しんでいるのであった。
 昨日一昨日とスキャニングしたフィルムから、セレクトをした写真を出来うる限りdpiをあげて1カットずつスキャニングをする作業を進める。
 そして12時半少し前、ニコンEMに50mmf1.8レンズをつけてコダックフォトスクールの撮影実習に出掛ける。東横線で渋谷まで行き、明治通りを原宿方向に少し歩き神宮前6丁目交差点側の宮下公園へ。受講生と合流し、実習地である神宮前5丁目に移動。 
 撮影エリアを漠然と原宿ではなく、神宮前5丁目と限定したので実習時間の2時間半の間にほぼ全員と何度か会うことが出来アドバイスなどをする時間が持てたことが良かった。
 3時半、再び宮下公園に集合しそれぞれ撮影がどうだったかを聞き、次回最終講義(18日)で行うことを説明して解散。ちなみに宮下公園の桜は、満開であった。
 渋谷から東横線に乗り都立大学駅に着いた頃より、快晴であった空がにわかに曇天に…。妻と怜王は自転車で八雲の図書館へ行っていると言うが、いつ雨が降るかも知れない雲行きであることを携帯メールで妻に伝え帰宅。
 数分後に、妻と怜王も図書館から帰って来た。怜王は「モンスターズインク」や「ウルトラマン」などと言った絵本を借りてきたようで、盛んに僕にそれを見せる。そして「おとうさんがすきな きいろいおかし かってきたよ」と言うので何かと思えば「つな揚げ(油菓子)」。甘いお菓子は食べないが、この手の揚げ菓子は好物なのである。
 さて明日は日曜日だが、妻は大阪で働いていた頃からの女友だちにA子ちゃんと自由が丘で会うというので、僕と怜王は留守番である。のんびりしたいところだが、ギブスをしていてもいつもと変わらず忙しそうに走り回る怜王といっしょなのでまず叶わないこと思うが…。
2009年04月04日(sat)  No.73

4月2日

 昨夜足が痛くて大泣きをして6時45分ころに寝た怜王は9時、9時半、10時と何度か泣きながら(大半寝言に近い感じ…)起きたり寝たりを繰り返したものの、早朝5時半過ぎまで爆睡していた。
 そして「もうおきたい…」と言う…(早い時間だが、怜王としては寝たり起きたりをしても11時間寝ているので「もう起きたい」は正直なところだろう)。仕方がないのでいっしょに起き、飲みたいと言うりんごジュースを飲ませ僕は昨日の続きで町田町蔵(町田 康)のフィルムスキャンを開始。
 起きて来た怜王の足を見ると、腫れはひいていなかったが「もういたくない」と言う…。しかし万が一と言うこともあるので、11時過ぎ怜王を連れて駅前のH病院へ。レントゲンを撮ってから、先生といっしょにレントゲン写真を見ながら問診が始まったが、「骨は大丈夫…、あっ、角度の違うこれを見ると…わかりますか?少し骨折してますね…」と先生が指差した部分を見ると、右足薬指の付け根部分に実寸で5ミリほどまっすぐではない部分が…」。
 「大人だと2ヶ月くらい経たないと治らないですが、幼児の場合回復が早いので今月いっぱいくらいで完治すると思いますが…念のためギブスしましょう」と言うことに…。怜王は先生から「ミイラ男みたいだね」と声をかけられると、「みいらおとこは かおにもほうたいするんだよ」と切り返したので。「それじゃ、顔にも包帯する?」と言われ怜王は慌てて顔を横に振っていた。
 が、骨折とは…。昨日ヤッターマン8を借りに行った帰り、「足が痛いんだったら、走ったりはねたりしないでいれば治るから」と家の中で飛び回らないように言ったのだが、怜王はそんなことはないよとばかり走ったり飛び跳ねたり…。そのあげく同じ部分をぶつけて骨折と、何とも歯がゆいことである。
 骨折した場所が固定すればほとんど動かない部分だったので、怜王的にはあまり骨折していると言うリアリティーを感じていないようだが、ギブスは3週間ほどしていないといけないと先生も言っていたのでおいおい大変なことになったと思うだろう。だがしかしギブスをしていても、走ったり飛び跳ねたりといつもといっしょなのであった…。
 そんな怜王をなだめすかしつつも昨日から続いている町田くんを撮影したフィルムのスキャニングは続き、夜9時過ぎようやく終了。トータル”556”カット+1。さてそんなことはどうでもようのだが、骨折怜王くんは快調に遊び続け8時半過ぎに眠った。
 眠る直前までまったくギブスのことを気にせずにいたのが不思議で、そのことを妻に言うと「アイアンマンみたいで、カッコいいと思ってるんじゃない!」という返事が返って来た…。
 しっかりギブスで固定されたので心配はないと思うが、走ったりされると(わざと走ったりしているような気がする…)はらはらしてしまう…。
2009年04月02日(thu)  No.72

4月1日

 昨日は13年続いた月刊ARAがオフィスSからの荒川下流工事事務所内での制作に切り替わることになり、ARAに携わった編集者、ライター、デザイナー、カメラマンなど25名ほどが赤羽の某居酒屋に集まり「お疲れさま会」行った。
 僕は創刊準備号より撮影をしていたので、オフィスS社長のOさんライターのTさん編集のKくんとともに古株。それに妻はオフィスS入社後荒川下流工事事務所にプログラマーとして出向していたのでふたりとも呼ばれ、当然ながら怜王もいっしょに参加。
 怜王はオフィスSの人たちをほとんど知っているし、オフィスSに数年社員としてデザイナーとして働いていたドイツ人の友人SWの隣に座れたくさん話しが出来て嬉しそうであった。
 この日僕はLUMIXを持って行っていて何かあったら撮ろうとテーブルの上に置いておいたのだが、それを見つけた怜王が「とってもいい?」というのでISO400に設定し手渡した。見ているとSWを撮ったり格子越しに外の風景をストロボオフモードで撮影したりストロボ発光でオーブを撮影したり、さらに金網越しにドキッとするようなスナップを撮っていた。
 
 さて今日は訳あって?1985年頃に撮影をした、町田町蔵(現作家:町田 康 http://www.machidakou.com/)のモノクロフィルムをスキャニング(デジタル化)する作業を始めた。が最新機種であればもっとスピーディーにやれるのだろうが、我が家のエプソンのスキャナー少々古く一度に4コマしか読み取れないので時間がかかる…。
 そんな訳で夜になっても一向に先が見えず…、ただひたすらスキャニングマシンとなって作業を続けているのである。
 さて怜王は6時45分頃、泣きながら眠った。というのは数日前部屋の段差がある場所で右足薬指あたりをぶつけて痛がっていたが、昨日も今日も取り立てて痛いと言うこともなくしていた。
 しかし午後「やったーまん8がみたい」というので駅前のレンタルビデオショップへ行く道すがら、どうも歩き方が変な感じなので聞いてみると「ちょっといたい…」と言う返事が返って来た。
 帰り道「部屋の中で走ったりはねたりしないでいたら、きっと痛みもなくなると思うよ」と言いながら帰ったのだが、「ヤッターマン8」を見終わりテレビで子ども番組を見て少々飽きてきた5時過ぎいつものように走り回り始めたので危ないなと思っていると火がついたような大泣きが…。
 嫌な予感がして振り返るとぴょんぴょん飛び跳ねているとき、あろうことか右足の薬指がプラスチックの箱の角にぶつかってしまったのだ。速効ぶつけた場所を見たが腫れがは見られなかったが、念のためシップ薬をぬってあげた。
 それから1時間ほど妙にカリカリしているようで昨夜帰るのが遅かったので疲れが残っていて眠いのかなとおも思ったが、再び足が痛いと泣き始めたので靴下を脱がせてみると何と右足の甲が腫れているではないか…。
 これは病院に連れて行かなくてはと妻が近くの整形外科含めた病院をネット検索したが、残念ながらどこ病院も5時半前後で終わっていた…。これはどうしようと思いつつ、再度シップ薬をぬってあげると泣きながら布団に入ったかと思うと数秒で爆睡。明日腫れがひいていれば良いが…。
2009年04月01日(wed)  No.71

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