初期詩編


岩礁

醒めた抽象をとらえる
細密的な沈黙
巨大な岩肌に
洪水の予言者が現れ
描写された
世界風景とも言うべき大地の歪みに
地質の軟化した神話を埋め
神秘的に淀んだ空の重量感が
胸苦しいまでに美しく
連続する母韻のひびきに
生命の危機を告知する
レームデンの思考

フォーカス 5号 1973・6



義手

料理人の皿に
いまにもころげ落ちに盛りつけられた
うつむく少年のなまくび
薔薇の花びらのそえられた
うきあしのざわめきであり
波うつ 忍辱の木霊のきこえる
死人のまねきでもある 大様の切り口に
執拗にからみつく
しろゆびの幻妖たち
およそ
永遠と夢を見ることのできない食堂のうらで
ぬれた舌つづみをもらし
息をひそめるのは 銀色の義手ばかり

海とユリ 2号 1973・4



エバ・クリスティナ

求め合う幻覚剤にもにた
白いリビドの手をさしのべる
キリストの感情転移ノイローゼに
エバ・クリスティナが微笑む
時計の針は聖書を忘れかけ
数本の針が ばらばらな時を示している
エバ おまえの美しい髪に花をあげよう
意味ありげに「時間」を見る
エバ・クリスティナ
どうしたんだというんだい
花びらなんか食べたりして
音のようにひろがる肉体の熱に
黒人兵のくちびるが映る
ああ 眠りこけているキリスト
ひげはみるみるはえて
ふたたびけむくじゃらの胸に
長い瞑想が支配しはじめる
ところで ヨハネは外食中ですか

海とユリ 4号 1973・10



面会謝絶

支も 枠も
初めも 終わりもない天幕は
黒い夜の黙示
滑台のひややかな感触に
世界は面会謝絶です
メリーゴーランドの上で殺される
パントマイム役者のメーキャップ
勾配ばかり
歯車もすりへって
ああ 生き物のようなけむりが
人里はなれた喪服の煙突からたちのぼり
うすっぺらな
のっぺらぼうのようなひとひらが灰になり
吐きすてられた無形象のものだけが真理であると
いったいだれが確信できましょう
毎日 どなたかのライフワークのように
骨抜きにされた人形が
理由もなく捨てられて行きます
眼の奥では
コンコンと沈んだ脳味噌のひとかかけら
抵抗もソウルのようにはいきません
いつまでも星条旗の斜面でちやほやされて
ああ あのひと何も知らないで
愚痴ばっかりいって
あのひとの本当は嘘なのかしら?

海とユリ 5号 1974・1



帆船

(きみの住んでる世界がある
他のだれもきみの役割を果たせない
風の中にいるすべての神の子供たちよ
内に取り入れ 激しく吹きだせ) *ニール・ヤング*

風変わる 殻もぬけぬか 芯の底


新宿を 隅に寄せたり 乞食飯


夕立に 傘ね連なる 冷やかし屋


お寺があった 草むしる手に影おとし


広重の 時雨に通う 落しもの


むすび女の つのかくしにうなずく


雲の間に 行き別れけり 梅雨の女


僧衣の黒 太陽よろしく 命を焼く草


うつむきて 背にきこゆる ほそぼそと


ナフタリン 冬眠冬着の 袖きりて


知り逢えぬ 恋のらい鳥見る日かな


遮断機の おりた線路に犬の立ち止まる


風絡む夜に遺棄を 請うている


朝ぼらけ 刺す陽もおさえ 山は石仏


流れ去る 溝の小枝の 流れ来る


土におう 朝にひとりの 笑う温


夜に降るも 見れば虫の 楢なり


かの蝶の 遥かに高き 舞いの跡


眼の淋し 闇のひろがる 雨垂て


幻がいいとも 空を相手に


吐くまえに 呑む言葉まで さえぎらる


くぐりぬけ 肘もとどかね 酒の香


風吹きて 追われて影に 視入る街


空に月 青天染める 夕陽かな


音ばかり ごおごおと打ち 夜の静寂

沈黙と饒舌 創刊号 1974・9




風土ー作品集ー

飛翔への渇望よ両手で顔を覆ったアンジェ



内部の池にただ写らない向こう岸の影法師



怠惰あまねし我を愛せよ狂正のメタフィジク



速すぎる息の表象よ彼方に散乱して



呪われてあれネガティフな混沌の通りゃんせ



都市

愛くるしいままにモーツアルトの頃は
恋人のように
直観的描写でことたりた
彼にとっての
そうした音楽的伝承は
軽い運動にもにて
快いものであるらしいのだが
意識の中は
中近東の空色をしていて
微かにきこえる
記憶の断片の
メッチェンである都市のうわごとのように
きまってキャラバンのごとき空想はおびえ
凍りついてしまうのだ冬の瞳の中で・・・


鼻緒

野放図な視界から泳ぎ出した音を言葉の鎖で
つなぎあわせると『a』のかぶっていたような帽
子が出現している

帽子その男『b』はここには居ないもちろん姿は
ある珈琲を飲みながら幻覚にみる残像の発光
の跡がふわっとのこっているからだ

十五分を夢で過ごすその味覚『c』男はまんじり
ともしないそして一枚のメモ用紙以外の何もの
でもない純白の翼に放火する


光景

傍観者である地面が感じられないというから
には不覚にも茫然としていたにちがいないま
ったく失恋の実体はひとつの白夜であろうか

なかば石化した死人の見守るなか吸血鬼ま
がいのマントをひるがえし『アルジェの太陽は
どこだ』と叫びながら走り去る救世主

密室の中へ朝日のゆるんだ空気が入り込む
トンボが十字架のようになっているラザロおま
えのイエスはいつになったら来るんだい

風土

数千年という光の速度は
けして地平線を見ることができない
これは異常なことではないか

かつておまえの背を
焼けつく程こがした中世風の金粉は
原爆跡に残された人影のように
サビつきうらぶれて哀しい

何という深閑とした風土だろう
そこの存在していることさえ
まるで眼中にないのだ

沈黙と饒舌 2号 1975・4


蜃気楼

語りかけてくるものは
切り剥られた時間に横たわる
偉大な風景だ

砂丘をすべるスパンコールの地形図よ

煉瓦色の血を吐き
爆発音の遠ざかる空に昇天する
感受性の蜃気楼だ

座礁している太陽の母胎よ

そして流砂の波涛に
砕かれないターナーの眼のように
燃焼しはしないのだ永久に

飽和状態になる僕の脳味噌・・・

沈黙と饒舌 3号 1975・10


三角柱

色紙が眩暈の情婦だったように万華鏡の手の内は天馬になり
すました衆道の森の番人にすぎなかった

ぼくは魚の瞼をもつマリオネット使を殺害した

すると記憶の断たれた視界が仰ぐ反返るようにめくれ上がり幻
光のまさにヴィジョンの意味する以上に紙一重的な散乱を見た

そしてまったく同一時間にもうひとりのぼくが構図のあいまいな
絵の中からくだものだけを盗み取っているのだった

個室をふるわすピストンに圧されことことする砕けた透明な三角
柱に機械的に反響する音波に戯れる液体の精霊たち

こうしたぼくらの横暴なる孤独が予見され反芻する嘔吐の中でゆ
るぎない大地のブラインドを見いだしうる時代はもう過ぎ去ったの
だろうか

沈黙と饒舌 4号 1976・5